ゆったり流れる時間の中、風を感じながら私は何時ものように筋トレをするゾロの隣に腰を下ろした。いつも騒がしい船内がこんなに静かなことには少し違和感があるけど、これもまた悪くはない。私とゾロ以外のみんなはついさっき、停泊した港から町へと出ていった。ゾロと私は特に欲しいものもないからと留守番を引き受けたのだ。



「暇だねぇ」

「そーか?俺ァ別に」



胡座姿で両手に鉄アレイ。何キロあるんだろうと数字を覗き見てみれば、なんとまぁ500kg。それを両手に持ってるわけだから、総重量1tもの鉄アレイを軽々と持ち上げていることになる。見慣れた光景だから今まで何も思わなかったけど、改めてそんなことを考えてみるともう人間業じゃないっていうか。じっと見てしまっていた私が気になったのか、ゾロは横目で私を見ると「何だよ」と呟いた。



「…私の世界には、そんな重さの鉄アレイを持ち上げられる人っていないよ」

「オメェの世界はナヨナヨした野郎ばっかなんだな」

「……や…ゾロが凄いだけだと思うんだけど…」



そうか?なんて言ってのける彼の顔はケロッとしている。不意にゴトン、と置かれた彼の両手の鉄アレイ。不思議に思って彼を見ると、何処からか小さな鉄アレイを取り出して私に差し出した。



「筋トレでもしとけ」

「…え……重、っ」

「……それ10kgだぞ」

「女の子にしたら結構重いと思うんだけど…」

「ナミとロビンに聞かせてやりてェ台詞だな」



ハッ、と笑ったゾロを横目に私はそれを両手で持ち上げた。10kgくらいなのにかなりしんどくて、本気でやった方がいいかも…なんて思った。今の私には10kgもしんどい。5kgくらいから始めなきゃと、私は諦めてそれを下に置いた。



「そんな細ェ身体じゃ何も出来ねェだろ」

「何もしなくてよかったんだよ、ここに来るまでは」



私の答えにゾロは何故か黙り込んだ。
ここに来るまでの私は、本当に流れのままに過ごしていた。それは今でも変わらないかもしれないけど、あの頃と違うのは「大切」が分かるようになったことだと思う。向こうの世界にも大切なものはあったのかもしれないけど、それは曖昧で、もやっとしてた。今じゃどうだろう。家族や友達を思い出しては「大切」さを感じるし、彼ら皆を「大切」だと思う。



「ゾロが守りたいものって、何?」

「…さァな」



私が守りたいもの。
それは今の私じゃどうしようもなくて、どうにもならないと分かってる。強くなんかないし、逆に守ってもらっている立場の私に「守りたい」なんてそんな大層なこと言えないのかも知れない。だけどその気持ちだけで、ほんの少しでも強くなれているようなそんな気がしたのだ。



「いい天気だね」

「そうだな」



今日も明日も、空は青い


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