棘さんのお家の浅葱ちゃんをお借りしました。
みじかい。ほのぼの。
夢ノ咲学院のほど近く、繁華街にできた一軒のアイスクリーム屋。
西海岸風で、白と薄いブルーを基調にしたヴィンテージ感のある建物は常に若い女性で賑わっている。道路よりも高い位置に設けられた開放的なテラス席には、夏の日差しから逃げるように日陰で眠るノラ猫もいた。すっかりこの店の看板猫といった顔である。
店内にはカラフルなのにオーガニックで、およそ日本では見かけないようなアイスクリーム達がお澄ましして選ばれるのをいまかと待っている。浅葱はそのショーケースを随分長いこと食い入るように見つめている桃に声をかけた。
「決まった? 桃ちゃん」
「ん、んん〜……」
まだ決めかねているということらしい。
時間がかかりそうなので、フレーバーは決まっていたがもう一度浅葱もショーケースを覗き込んだ。この店は変わったアイスばかりで、味が想像できない物が多い。それでもメニュー名だけでよだれが出そうなほど美味しそうなのだから不思議だ。
ぐぬぬと声を出して悩んでいる桃に、店員のお姉さんもクスクスと笑っている。
「う〜……きめたっ」
「ん。じゃあ……」
テラス席で隣に座っている桃のアイスクリームは驚異の3段重ねで、さらにおぼつかない手でスプーンを持つものだから浅葱は気が気でなかった。たくさん種類を頼むならカップにすればいいのに、桃は子供みたいにコーンで頼んでしまうのだ。
ハラハラしているこっちの気持ちをよそに、桃があーんと大きく口を開けて一番上のアイスにかぶりつく。真っ白なアイスの中に、いろんな色の小さなマシュマロがざっくり混ぜ込まれているらしい。桃の唇が熱い口づけをして、アイスから離れていく。ゆらゆら不安定なアイスたちは今にも地面にダイブすると言わんばかりで、浅葱はあまりに心配で自分の手に握ったアイスのことなどすっかり忘れてじーっとそれを見守った。『おいしい〜』と呑気に喜んでいる桃が、浅葱を見てあっと声を上げる。
「え?」
浅葱がなにか言うよりも早く、桃がぱっと上半身を近寄せる。それから認識できたのは、表面がドロドロに溶けた自分のアイスと、赤い舌が浅葱の指を舐めとるところ。ブラックカラントの紫っぽい赤が舌にのせられて、綺麗に舐め取られた。
「溶けてた!」
「あっ……あ、ありがとう」
「どういたしまして〜」
ドヤ顔で浅葱のお礼に返事をしながらブラブラ足を揺らす。
この炎天下ではぼんやりしているとアイスが台無しになってしまうので、食べることに集中しようと手元に視線をやる。
ジェラートタイプだからか、下のミルクアイスより早く溶けていく濃い赤紫。食べると喉にしみるほど甘ったるいのに、後味はちょっと渋い。中にミントが練りこまれていて、男性向けっぽい。
(なんか……零先輩っぽい、かも)
純粋な赤というよりは、青い目の底に新しい血液が流れ、それが赤紫に見えているような……じいっと覗き込んでくるその瞳を思い出して、浅葱はぷるぷると頭を振ってアイスにかぶりついた。
「むぐ、むぐ……」
隣の桃はすでにコーンに到達したらしく、余裕の表情で360度くるくる回してかじり始めた。
パラソルの下の席は日陰で、風がそよげばある程度は過ごしやすい。けれどこのアイスを食べ終わったら、長時間熱したフライパンのような道路に飛び出さねばならないのだ。考えただけで気が滅入る。
「零も来れたらよかったね〜」
「むぐ……っ! な、なんで?!」
「零って夏になるとホントにお外でないでしょ? でもアイス食べるぐらいなら、涼しくていいかなーって思った」
言いながら桃がちょっと拗ねたような顔をしたので、浅葱はあれっと思う。
「桃ちゃん、最近零先輩いないから寂しいの?」
「ナイ!! それはナイ、それはアサギ」
「ななな、ななな、ち、違うよっ」
「…………」
「…………」
じとーっとした桃の視線をチクチク感じながら、浅葱もようやくコーンをかじる。
大ぶりなアイスに安定感を持たせるためか、クレープみたいに包み込む形のワッフルコーンだ。ビスケットみたいにサクサク甘くて、捨てる気にならない美味しさだ。
「アサギはホントに零が好きだね〜」
「……桃ちゃんは……零先輩のこと、ええと……あんまり好きじゃない?」
「キライじゃないけど、なんかパパみたいだし」
そう言う桃の顔は、ふくれっ面のような、ニヤニヤを我慢するような変な表情をしている。
そういえば、いつぞや真緒が『桃は朔間先輩には思春期のムスメみたいだな』とボヤいていた。そういうことなのだろうか?
「じゃあ、浅葱はママ?」
「そー! …………ぎにゃーっ!!!!」
「わあ!! り、凛月?!」
「おいっす〜」
浅葱が慌てて振り向くと、ヒラヒラ手を振る凛月が桃の真後ろに立っていた。
「どっ、どこにいたの?!」
「ん〜……この店の裏、イングリッシュガーデンっぽくなってて寝るのにちょうどいいんだよねえ。そしたら楽しそうな話が聞こえてきた……あれ? 桃?」
「…………」
「桃ちゃん?! 失神してる!」
「えっ、マジ? ごめん」
あのあと桃を凛月におんぶさせて家まで送ったのだが、道中凛月が『暑くて吐きそう』とバテバテになってどうなることか浅葱はキモを冷やした。
「う〜……楽しかったけど、疲れた……」
ばふっと枕に顔を埋めて今日のことを思い出す。
桃ちゃんに舐められたのは恥ずかしかったけど、零先輩みたいなアイスは美味しかったなあ。それで凛月が……なんて言って……
『じゃあ、浅葱はママ?』
『そー!』
ママ。
零先輩が桃ちゃんのパパ。浅葱が桃ちゃんのママ。……浅葱が……ママ……。
「…………むっ、むりむりむり!! けっ、けっこ……なんて、まだ早いもんっ!!」
「こら! 浅葱!! 静かにしなさい!」
「は……はーい!」
MOKUJI