うちよそ | ナノ

いばらさんのジェイド夢主ちゃんをお借りさせていただきました!



「レアリさん、よろしければ明日、ぜひ招待したい集まりがあるのですが」
「どうしてだろう……詳しく聞かなくても怪しいのが分かる」
「え? なんです?」
「なにも!」

ギクッとしながら参考書から顔をあげると、やはりジェイドは信用ならない笑顔でこちらを見つめている。

「あー、キノコ愛好家の集いとかですか?」
「いえ。残念ながら、キノコ愛好家の集いはまだ」
「じゃあ、山を愛する会……の?」
「それも違いますね」

ジェイドが参加したがる集まりの中で健全そうなのはその二つ以外まったく思い付かない。むしろそれ以外のなんらかの集まりなのだとしたら、とてつもなく怪しい会なのではないだろうか。ぜんぜん参加意欲がわかない。
早々に断りたい気分になってきて、当たり障りのない断りの理由を考え始めたレアリを見つめながら、ジェイドが「紅茶です」と発した。
唐突な紅茶発言に面食らって、え? と返す。

「実は最近、紅茶に造詣の深い方と知り合いまして、お互いにブレンドした茶葉を持ち寄って簡単なお茶会をしているんです」
「へー」
「せっかくのお茶会なのに、いつも二人だけというのも寂しいでしょう?」
「……センパイは良くても、相手の人はいいんですか? 勝手に僕を招待しちゃって」
「そちらはご心配なく。取って食うような方ではないですから、怯えなくても大丈夫ですよ」
「全ッ然! 怯えてないですけど!?」



そんなやり取りを思い出しながら、レアリは植物園の奥にひっそりと隠れていた小さな石畳の小道をとぼとぼと歩いていた。
そっちから招待したわりに「用事があるので先に行っていてください」とは一体どういう了見だろうか。別に初対面の人と二人きりになっても全然気まずいとかそんなことはまったく思わないが、相手がどう思うかは分からない。
できれば遅れてくるジェイドと僅差ぐらいで到着するのが相手にとって好ましいはずだ。そう自分でうんうん頷きながら、レアリはできるだけゆっくり、道中のイングリッシュガーデンを見て回ることにした。
ほとんど朽ちているような石畳の隙間には、小さな青い小花がちらちらと咲いている。一見雑草のようでもあるが、彼らも歴とした庭園の一員なのだろう。
華美というよりは、人の手と自然が絶妙なバランスで調和された花々。ぼうぼうに生茂る緑の中に淡い花弁の野ばらが揺れて、知らない場所なのになんとなく懐かしいような……。そんな緑のささめきに耳をすませると、どこからかおかしな音が聞こえることに気がついた。
ぽっぽー、とか、ぴー、とか、そんな音だ。最初は汽笛の音のように思ったが、すこしちがう。どちらかというと、お湯の沸いたヤカンの音のような。
ぱっと生垣を曲がると、突然人がいたのでビクッとして思わず身を潜めてしまった。びっくりしすぎて逆に叫び声が出なかった。
バクバク暴れる心臓を服の上から押さえつけつつ、今度はそーっと生垣の隙間から向こう側を覗き見てみることにした。

「〜♪」

メイドが鼻歌を歌いながらポットをマジカルペンでトントンと叩くと、テーブルの上に並んだ沢山のティーポット達が合わせて歌い出す。歌うと言っても、ぽっぽー、ぴーっ、と蒸気を立たせたり蓋をカチャカチャ揺らしたりしているだけなのだが、それは不思議な音楽になって、カップやシュガーポットたちも加わり音楽会を行なっている。

「あああありえない……!! ティーセットが歌うだなんておかしすぎる」
「変わった魔法ですよね。僕も最初はそう思いました」
「もしかしてこれは夢……ヒィィイッ!?」

思いっきりのけぞった衝撃で生垣に激突すると、わさわさと葉っぱや花びらが落ちてきて、それからポトっと胸元に何か小さな重みのあるものがおっこちてきた。慌てて確認すると紫色のイモムシで、レアリは完全にパニック状態に陥ってしまった。

「うわーっ!! うわーっ!! いやああっ!!」
「ちょっとレアリさん、落ち着いてください」
「やあああ取って取って取って!!」

視界の端でイモムシがポイと投げ捨てられたのを確認してホッとため息をつくと、背後から「あのー……」と声がかけられる。この学園ではちょっと聞き慣れない、女の子の声だ。

「だ……大丈夫ですか?」

声と同時に耳元に小さな鼓動が聞こえて、そこでレアリは自分がジェイドにしっかと抱きついていたことに気がつき大慌てで身体を離した。
向こうからすると男同士で抱き合っているように見えただろうし、レアリからすればジェイドに抱きついた事実が恥ずかしいしで気まずさが渋滞している。

「すみません、レアリさんがお騒がせしてしまって……」

センパイのせいだろ! と本当なら叫び出したかったが、思ってもないくせに申し訳なさそうに眉を下げる顔を睨みつけるだけでなんとか我慢しする。
こちらを心配そうに見つめるメイドは、レアリやユウと同じくオンボロ寮に在籍しているモモだ。
同じ寮で同じクラスではあるのだが、モモはいつも主人のモニカ・エクレールにつきっきりで朝も早ければ夜も遅く、実はあまり会話をしたことがない。それ故にこれ以上変な印象を持たれるのは、レアリとしても避けたかった。

「大丈夫。驚かせてごめんね」

小さく深呼吸したあとにキリッと微笑みかけると、モモはニコッと笑って返してきた。背後でジェイドが顔色を変えないまま爆笑している気配を察知したが、無視することにする。

「どうぞ! ちょうどお湯を沸かしていたところだったんです。お客様が来るって聞いて、お菓子もたくさん用意しちゃった」

モモはほんとうに嬉しそうにニコニコしながら椅子を引いて、レアリに席に着くように勧めた。なんだか子供の友達が来たのを喜ぶお母さんのようだ。
ジェイドは勝手に席につき、なにやら紙袋をモモに手渡した。

「レアリはどんな紅茶がすき?」
「え?」

唐突に呼び捨てにされて一瞬面食らってしまったが、ちょっと思い返してみると彼女はクラスメイトのことを全員呼び捨てにしていたような気がする。このメイド、主人以外にはけっこうおざなりになるタイプなのだろうか……。

「うーん、紅茶の好き嫌いか……」
「レアリさんはまだ初心者ですから、順番に試していって気に入ったものを選んでもらうというのはどうでしょう?」
「しょ、初心者……!?」
「ふふ。無理をして話を合わせなくても大丈夫ですよ、という意味です」
「ぐぬぬ……!」
「とってもなかよしなんですね!」

モモはあいかわらず人懐こい笑顔で嬉しそうにしながら、手慣れた様子でいつのまにか一杯目の紅茶を二人に振る舞った。
紅茶と言っていたが色は濃いピンク色をしていて、ふんわりとスパイスのような香りが湯気に乗って漂ってくる。
砂糖を入れるとかミルクを入れるとか、そういうのを確かめようとチラッと向かいのジェイドを観察する。なにも入れないまま口をつけたのをみて、レアリもそっとティーカップにくちびるを寄せた。

「!?!?」

──まずッッ!!!!!
叫んだり吹き出したりしなかったのは不幸中の幸いと言えた。
ビリビリと舌を刺激する甘ったるさなのに、喉を通ると全然甘くない。おまけに後味はものすごく渋いような、すっぱいような、とにかくいままで飲んだ物の中で一番まずい。
けれど紅茶玄人である二人の供してきた紅茶にケチをつけようものなら、ジェイドに初心者だのお子ちゃまだの言われそうな気がして、レアリは震える手を押さえながらカップをソーサーに戻し、舌がもつれないように細心の注意を払いながら「美味しいですね」と高らかに宣言した。

「豊潤な甘さの中にスパイスの風味があって、後味に深みを感じました」

どうだ恐れ入ったかと顔を上げると、ジェイドとモモはめちゃくちゃに顔をしかめて黙りこくっていた。

「うええ」
「尋常じゃなく不味いですね。ちょっと驚きました」
「!?」
「レアリさん、これが美味しいだなんてもしかして味覚障害かもしれません。早めに病院にかかることをオススメします」
「はぁ〜っ!?」

顔面蒼白のモモがマジカルペンでテーブルを叩くと、キンキンに冷えた水のグラスが飛んできた。三人は一気にそれを飲み干すと、微妙な空気がお茶会に漂う。

「初恋草とカツオノエボシの触手をブレンドしてみたのですが……想像以上でした」
「スゴクマズカッタデス」
「マズすぎてカタコトになってるじゃないか!」

初手で激マズ紅茶を振る舞われた事実にがっくりと肩を落としていると、モモがレアリの前にお皿を置いた。ちょこんと佇むそれは、黄金色のシフォンケーキだった。
ジェイドが綺麗な琥珀色の紅茶をケーキの隣に並べる。完璧な午後のティータイムにふさわしい組み合わせで、ゲンキンだが落ち込んでいた気分がぱあっと明るくなった。

「紅茶はモモさんのブレンドなので、間違いないはずです」
「シフォンケーキはジェイド先輩が用意してくれましたけど……きっと大丈夫だとおもいます!」
「……このケーキ、ジェイドセンパイが?」
「ええ。確かな筋から手に入れたので、味は保証します」

にっこりと微笑んだジェイドを見て、レアリはフォークをそっとケーキに寄り添わせた。
きめ細やかな生地はまるで黄金色に光っているようにさえ見える。
おそるおそる口に運ぶと、しっとり甘い生地が雲のようにふわふわと軽く、思わず笑顔になってしまった。

「おいしい!」
「それはよかったです」
「クッキーも紅茶のおかわりも、たくさんどうぞ!」

イングリッシュ・ガーデンの花たちが笑うようにそよそよと揺れる穏やかな昼下がりを楽しむレアリはまだ知らない。
ジェイドが持ってきたシフォンケーキの入手先である、モニカ・エクレールの作るお菓子は、おいしいだけで済む代物ではないということを……。






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