長編 小説 | ナノ
episode 1-2


この世界の一部を占める帝国は主に人間が築き上げたものだ。
人間はどの種族よりも知能に優れ、その技術に及ぶ者はいなかった。世界が人間に創りかえられていく様を、時に認め、時に批判しその行為を妨げようと試みた者もいた。
本来知能よりも他の技術に優れた他の種族は、人間に比べて殺傷能力が高く、止めることは可能だと思っていた。しかし、その優れた知能からその対抗策を編み出し、時が経つにつれ、他の種族は人間へと反抗が徐々に困難なものへと変わっていった。
そしてそれを完全なものへ変えたのが、”神之御業”である。
突如人間の中に、異様の人間以外の種族と同等、又はそれ以上といった異質の能力を手に入れた。
その力を手にしてから、人間の発展の速度は異常のもので、それを妨げようとする者は既にこの世にはいなかった。
他の種族は人間を妬み、そして願った。自分たちにも、人間ほどの知識があれば、と。
思いを胸に強く抱いてから、世界はさらに姿を変えていった。
獣たちは本来四足歩行で全身に毛を覆われている。しかし、願望が実現した今は、人間と似た容姿を持っている。獣としての名残はあり、頭部や臀部に耳や尾などが残っていた。
それでも彼らは生まれた当初は昔の獣の姿で生まれ、成長するにつれ形を徐々に新しい獣たちの姿へと変えていく。
だが、彼ら動物たちは古き昔から言われる人間との関係は今も変わらない。
人間により絶滅させられた動物は今も絶えずいる。しかし昔よりも動物たちは抵抗する術を持つようになった。人間のような姿形を得るようになってから、動物たちは知識を手に入れた。
理性、感情、知識、学習能力。
しかし獣としての本能もまた存在する故に人間には敵わなかった。
本能のままに生きてきた動物たち。今更知識などを得たところで彼らはどうしても本能に従わずにはいれない。人間のように知識を持つ分、考え方は人間に似ているせいで逆に読まれやすくなってしまった。
動物たちと人間の関係は今も変わらない。どちらかといえば、動物たちの扱いが荒くなってきているのだ。
それは昔に比べ彼らは学ぶことができるから。人のように知識を持ちながら、動物である存在たち。
動物の扱い。ペットの扱い。
何も変わらない。ただ、他の種族は知識を望み、人と同じ高みを目指したが故の過ちだった。
兎は人間の愛玩動物に過ぎない。
狼は人間の鑑賞動物にしか過ぎない。
彼も彼女も人間に弄ばれる存在に過ぎない。
そこには幸福はあるのだろうか。自由が、平等が。
答えは決まっている。
あるはずがない。
だが、弄ばれることを心から受け入れた時はどうだろうか。
人間が、動物たちを愛で、愛し、褒め、称え、育てる。
彼らの僕のように、従順に働く昔と変わらない存在として生きれば、きっと苦はないのだろう。
それほどまでに他の種族は、人間を畏怖し、そして忠実な生き方をしすぎてしまった。
知識に、理性に抗い、昔のように本能のまま生きる。
残された希望は、自由への諦めだった。











商店街には見知らぬものばかりが陳列していた。
山の奥でひっそりと暮らし、知識が全然持っていないうさぎは、どれも新鮮なものばかりでつい手を出してしまう。
店員に聞いて説明を受けても、それが何かの道具なのか、ものなのか、食べ物なのかすらも分からない中、店員はお構いなしに勧めてくるから断りきれず思わず頷きそうになる。
そんな時は大体傍にいるおおかみが息をついて、「遠慮する」と簡潔に断りを入れてくれる。
既にこの商店街を訪れるのは二度目である。
一度目は昨日寄ったのだが、軽く見た程度で全部見て回ることが出来なかった。
それは、到着したばかりだったこともあり、既に日も傾き始めていて明日にしよう、とおおかみに切り出されたからだ。
本当は昨日も回りたかったが、新しく見るものばかりで疲れなど飛んでいただけで、いざ我に返るとどっと身体に押し寄せる疲労感は回るにも厳しいものだった。それに、彼女はずっと裸足でいたため、周囲からの視線も気になっていたし、足の裏は変わった地を踏みしめていたせいで痛みを感じていた。
自分の身体に正直に従い、彼の意に同意して近くの宿屋を探した。
おおかみが宿代を支払い、部屋へ案内され、そこにあったのは不思議な真っ白な布で覆われた台のようなものがふたつあった。
彼も初めて見たらしいが、ベッド、というものらしかった。人間はいつもこの上で寝ているという。
興味本位でおおかみと腕を引いてともにベッドへと飛び込んだ。少し包まれるように身体が沈み、それを弾くように押し返される。そこはバネのような仕様がされているようでなんとも不思議な感覚だった。
ぎしぎしと軋む音に、自分の身体が自然と弾む。硬いのかと思えば、ふわふわとしていて柔らかい触感だった。
人間の技術はやはり凄いものだと実感しつつ、うさぎは気が済むほど跳ねるとそのままベッドの上に突っ伏していた。隣でくすっと笑う声が聞こえた気がしたが、その声を最後に意識が飛んでいて、気付いた時には朝になっていた。
ベッドの上に突っ伏していたはずだが、いつの間にか自分の上に毛布がかけられており、頭には柔らかい触感の枕というものがあった。
うさぎが寝ている間におおかみが色々としてくれたようだった。
「今日は街を回ろう」
目が覚めたうさぎにかけた一言目がそれだった。
うさぎはぱあっと明るい笑顔を見せて大きく頷いた。
「昨日夕食食わずに寝ただろ。腹減ってるか」
「うん!」
ベッドから起き上がり、ひとつ伸びをする。
ふと、足元を見ると見知らぬものがあった。
淡い色のした異様な形をしたさほど硬くない板のようなものに硬い紐のようなものがついたものだった。
まじまじと目を向け、首を傾げると不意に頭を触れられる。顔を上げれば、いつの間にか目を布で覆ったおおかみの姿がある。
「どうした」
気配で感づいたのだろう、おおかみは怪訝そうにする。
「これ、何?不思議なもの」
「不思議?……ああ。それは昨日買っておいたサンダル、という一種の靴のようなものらしい」
「靴?」
おおかみはこくりと頷く。
「どういう柄かなど、俺には分からないが、女性に人気のある身軽なものらしい」
再度サンダルに目を向ける。
おおかみも靴を履いているが、以前触らせてもらった時は硬い素材で作られており、革製らしい。ブーツというものらしいのだが、目の前にあるのはそれとは一変したようなものだ。淡い蒼の色をした花の模様が描かれたデザイン。
「こういうの、なんていうの、かな」
「どういう意味だ」
「綺麗、お花で…凄いな。うさぎさんこういうの、好き!」
「多分、お前が言いたいのは…”可愛い”だろう」
思わず首を傾げた。
この世には分からない言葉が多い。彼女は知識を得られず、経験から得られたものしかない。
だから言葉ほど分からないものはなかった。
「かわいい、て何?」
「お前の大体好きなものはそうだな」
「好きなもの?」
好きなもの、と言われ彼女は思考を巡らす。
最初に目を向けたのは、今目前にあるサンダルだ。
彼女はサンダルに指を指して、おおかみに笑みを浮かべる。
「可愛い!」
そうだな、と返す返事に嬉々を感じ、彼女はきょろきょろと周りを見渡し、僅かに窓から見える桜の木が目に入ると、それを指差した。
「可愛い!」
おおかみには彼女が何を指しているのかわからない。それでも彼はそうだな、と頷いてみせた。
次に彼女は自分に指を指し、
「可愛い?」
と問うた。
おおかみは首を傾げ、少し沈黙した後、
「そうだな」
と答えた。
「適当に答えてる?」
返事は変わらない。彼はただ、そうだなとしか言わなかった。
それでもうさぎは嬉しかった。彼が新しい言葉を教えてくれたこと、裸足でいる自分のために買ってきてくれたことが。
だから最後の問いは悪戯心のようなものだった。彼には何も見えていない。だから曖昧な返事しか出来ないというのに。
おおかみはふっと薄く笑った。
「どうだろうな」
すると、うさぎの両脇から身体を持ち上げ、ベッドに腰掛けさせた。
訝しげに目を向けると、彼は膝を折って彼女の足を掴むと、宿屋にあったタオルで少し汚れた足を拭いていく。少し濡らしたのか、足から伝わる冷たい感触が心地よく感じる。
もう一方の足も拭き終わると、傍に置いてあったサンダルをその足に履かせていく。
「履き方。覚えておけ」
うさぎは一つ頷いた。
今まで一度も靴など履いたことがない。彼女への考慮が、とても嬉しかった。
優しくされたことなんて一度もなかったうさぎにとっては、こんな些細なことさえも心に広く染み入っていた。
両足を履かせると、彼は立ち上がり踵を返す。ベッドから立ち上がり、いつもと違う地面を踏みしめる感触に違和感を感じつつも、彼の背中を追う。
真っ黒な肩幅の広い頼りのある背中。
うさぎはその背中がとても好きだった。
「可愛いっ!」
笑顔とともに漏れた言葉を振り返ることのない背から聞こえる苦笑の声が出発の合図だった。



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