長編 小説 | ナノ
十四話 騰麗雅-ありあ-


人の思いは、必ず通じるものではない――。

― 十四話 騰麗雅-ありあ- ―

晴らしたいか。
晴らしたいか、憎き彼奴らを……。
 晴らしたくない
何故だ。貴様はそこまでやられたのだぞ。何故やり返そうと思わぬ。
 意味がないから
意味だと?あるぞ、あるぞ貴様。人間など憎み、憎みあい、憎み続ける。貴様も彼奴らを憎み、そして彼奴らも貴様を憎む。そしてそれが広がってゆく。貴様は憎まれ続ける。そしてお前も憎み続けるのだ。
 憎むのは良くない
恨まないだと?それでは貴様がただやられるだけでいつかは朽ち果てるがおちだ!ならば此方が憎め。憎め、憎め、憎め!!

憎んでも、意味はないと思った。人は憎み続ければいつかは滅びる。そんな事はさせたくない。なら、憎まない世界はどうだ?人は生きられる。そんな世界をつくりだしたいんだ。

 アキ、アキコをよくも。母が、母が……
憎いか。晴らしたいか。
望め。我が望みをかなえようぞ。その代わり……契約しろ。
 契約……?
闇となれ。完全な闇と。
 闇……
そうすれば、貴様の妹も助けてやる。親を祟ってやろう。
 妹が……アキコが助かる?
契約すればだ。我と契約したら、だ。
 契約……
もう一度問うぞ。我と契約しろ―――。

それは、彼に問いかけたあの言葉。彼の心を憎しみを生ませようと企んだ、あの影。騙された時、すぐに後悔した。
ああ、何故あんな事を頼んでしまったのだろうか。
ああ、何故影の欲望に気づかなかったのだろうか。
あの影はすぐに仲間―否、仲間と思っていた存在たちが一瞬で殺された。
そう、彼が願ったようにアキを残して。
だが、それは一瞬の出来事だった。
影は大きな暗黒の体躯を広げ、彼女を包み込んだ。
残された一人。
それは、自分。
生きる事も、許されない気がした。
けれど、そこに――。
『どうした?』
蹲(うずくま)った彼に、一つの手がさし伸ばされた。
目の前にいるのは若い女性だった。優しく問いかけてくれた。
この世界は、どうして闇を殺そうとするのだ。
そう告げたかった。
けれど、言葉が音にならない。
それほど精神がぼろぼろなのだろう。
彼女は聞き取ったかのように険しい顔にした。
『そうだな……。この世界は、闇を恐れているのだ。自由に生きられないから』
そんな世界は可笑しい。
目の前にいる者が仄かに笑った。
『そうだ…。この世界は可笑しい。わらわも闇なのだ』
今まで蹲っていた彼が顔を上げる。
仲間がいた。
初めてそう思えた。
闇は本当に存在するのかと思っていたのだ。自分以外いたのだろうか。そう思っていた。
けれど、はっきりとこれで解った。いる。
アキラの片腕は一度父に折られた筈だった。だが、何故か元に戻っていたのだ。それは、もしかしたらあの闇が治してくれたのかもしれない。
彼の眦から涙が零れ落ちる。
女性は少し慌てた様子で懐から布を取り出し、そっと彼の雫をふき取る。
『泣くな……。どうしたのだ、何があったのだ…』
アキラは首をふるふると振る。
彼女は微笑む。
『言いたくない事なんだな。言わなくても良い…それならば……』
優しくされた。
今までそんな事はなかった。母は最初から闇ではないかと疑っていた。父も同じく。けれど、彼女は―アキは彼にいつでも誘い、いつでも優しくしてくれた。けれど――。
眦から新たな涙が滴り落ちる。
あの闇は一体今、何をしているのだろうか。
アキを食らい、一体何がしたかったんだろうか。
思い出すたびに憎悪が沸く。
その感情を読み取ったのか、女性は剣呑な顔になる。
『止めておけ。敵討ち、などというものは。お前も思うだろう?この世界は憎みあってはならないと…』
はっとさきほど自分が言った事を思い出す。
晴らしたいか。憎き彼奴らを……。
アキラは答えた筈だ。
晴らしたくない、と。
それは意味がないから。
人が憎みあっていては、意味がない。
そう、思って答えた筈だった。なのに―。
『わっ……私は…自分の意思を…っ、変えてはいけな、い…筈だった…』
晴らしていけない。
晴らしたら、禍(わざわい)を呼ぶだろう。
だが、彼は。
呼んでしまった。
禍を。
自分で良くない、と言った筈だった。
なのに…。
彼女がそっとアキラの頭を撫でる。
それは、母のように優しく。心を癒すかのように。
『自分を責めてはならぬ。相手も、自分も…責めてはならぬ。この先を……』
二度とこんな事を訪れないように。
人を絶対に憎んではいけない。
今の世界は良くない。
憎しみを呼ぶ。
『嫌いだ……』
この世界は嫌いだ。
嫌い。
『この…世界は、腐っている……。つくりなおしたいほど……』
『ならば、つくりなおせばいいではないか』
女性は手を伸ばし、彼の腕を引っ張る。それにより、無理矢理立たされたアキラに告げる。
『わらわとともに世界を新たに創らぬか?』
それは誘い、だった。
彼女は闇、だと言った。闇であるこの人ならわかると思った。
ついに叶う。
願いが。
そう、闇が滅びる理由はない。
彼は首を縦に振った。
その瞳は決意にあわせて輝いている。
彼女は微笑む。
『自己紹介が遅れた。わらわは風驪騰麗雅(ふれいありあ)だ』
騰麗雅…。
『私は…アキラ=R=ヴァフォリーシュ』
一緒に世界を変えよう。
創り直そう。
この腐りかけた世界を。
私達なら、出来る。
闇を。
復興しよう。

この世界に闇を―――。



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