長編 小説 | ナノ
十三話 月光


最強の影がいれば、最強の陰もいる――。

― 十三話 月光 ―

月臨光華。
初めてあった時、そう名づけられた。
げつりんこうか。
この地に月のような光華が降臨なさった。世界を救い出す陰。
どんな影でも殺して欲しい。
そう願った主が為につけた名。
主が光。そして、世界を覆っているのは闇。
世界を光にしてほしい。私も願っていれば彼女も願う。
ならば、つくそう。
主が為、私は何でも。
世界を光に。
そう、戻せるのならば。
私は手を貸そう。光華の力も。
けれど、主よ。
私をその身に降臨させた事、後で後悔する事となろう。
私は陰。
忘れてはいけない。
陰と影は変わらない。
闇と光の違いのみ。
ならば、生命を欲しがるのもまた同じ。
貴方は私のもの。
私が貴方のものではなく、貴方が私のもの。
その身に宿してしまった時から。
貴方は私の餌。
贄(にえ)と変わらない存在。
私はお人よしでもない。自分のためならば、どんなこともするもの。
主などどうでもいい。
私は生きたいだけ。
誰よりも、誰よりも。
だから、いつかアキも私のもの。
アキラは強い。私の力ではどうにもならない。
でも、アキは扱いやすい。アキラを惑わせば、あとは此方のもの。
彼は彼女に攻撃などできない。
ならば、彼女が彼を殺す。
あの憎い狼は私が殺せばいい。
そう。
全ては計画通りに進んでいる。
この世は全て、私”月光”の物となるの――。

扉が思い切り開けられた。
扉は吹っ飛び、そのまま倒れる。
目の前にいたのは、トキと騰麗雅だった。
息を切らせながら、騰麗雅はアキラを睥睨する。
「貴様…っ」
明らかに怒り気味だ。
アキラは冷や汗をかきながら後ずさりする。
嫌なときに嫌な人が登場だ。
トキが顔を上げたとき、すぐに目に入ったのは黒影だった。
「アキラ……、そのっ…狼は…?」
黒い双眸で彼を射抜いた。
「一応…影、だよ…?」
少し途切れ途切れで答える。
騰麗雅から禍々しい気が出されている気がする。
アキは後ろから唖然とした顔で見ている。
月光も同様。
騰麗雅が、アキラのもとへ小走りでやってくる。
恐ろしさあまり後ろへさがるが、間に合わない。
黒影は軽く息をつき、トキのほうへ近寄る。
ぽてぽてと脚を進め、トキの目の前でちょこんと座る。尾をぱたぱたと振っていた。
《今まで、我はアキラの元にいたが、貴様らは気づかなかったようだな》
「何…?」
胡乱な瞳で黒影を凝視する。
《我はアキラの影。そして、貴様らの味方でもある。だから、警戒心を解け》
「…それは此方の台詞だ」
二人して睨みあいをしている。
警戒しあっているのだろう。
暗黒の狼が溜息をつく。同じようにトキもつく。
トキの視線が違う方向に向けられた。
狼がその瞳を追う。
彼が見ていた先は、唖然とした少女と光華の猫。
剣呑な表情になる。瞳が苛烈に輝く。
「彼奴(あいつ)は誰だ」
少し言い止まったが、口にする。
《アキラの妹、だそうだ。獣はあの女の陰。我と似たような存在だ》
大きな耳がぴくりと動き、白銀の瞳をこちらに射抜く。
《似たくもない。同じような存在にしてほしくないものです》
《我が貴様と同類に思うわけなかろうが。黙っていろ、我らの話に割り込むな陰如きが》
《その言葉、そっくり返します。陰如きですと?ならば其方も影如き、ですね》
《減らず口を叩けるのは今だけだぞ、貴様。何か企んでおるだろう》
《その台詞、私に言えるのですか?》
黒影の瞳が細められる。
《何?》
《お前は、今から主を乗っ取るつもりだろう?あの体を使い、世界を滅ぼそうとしている》
《貴様っ…勝手な思い込みは今だけにしろ。貴様がそうだろうが》
《私よりも貴方の方でしょう?影として最強な貴方が絶大な力を持った彼を見逃すはずがありません》
《貴様も同じ事。陰とし最強な貴様はあのような我が主と似た力を持つ女を野放しにするはずがないだろう》
《そんなことありませんわ。貴方ではないのですから》
《その台詞、そのままそっくり返させてもらうぞ》
二人の会話を聞いていたトキが眉をひそめる。
(どういうことだ)
主を乗っ取る。
陰として最強。影として最強。
目の前にいる暗黒の狼は影として最強。
目の前にいる光華の猫は陰として最強。
どういう意味なのだ。
影、陰という存在なのだろうか。
それに、主に乗っ取るとは。
光華の猫の主はあの女。
暗黒の狼の主はアキラ。
光華の猫側はいいとして、暗黒の狼側はもしやったら――。
(アキラの体から必ず追い出し、殺す)
少し殺気が出そうだが、前にいる二人にばれぬよう抑える。
運良く、それはばれなかった。と、いうよりも彼らは怒り狂う妖気を放っている。この中で気づけた方が神経にとても集中させているというのが良くわかり、あまり敵にはしたくない奴だと思う。
睨みあっている二人はさらに口を尖らせあう。
《私はアキを信じております。この世界を闇から光に救い、我ら陰も救ってくださると》
《それは此方とて同じ。我ら影も滅びかけであり、陰も同じく滅びかけ。だが、人も滅びかけだ。その中、貴様はどうするつもりだ》
《もちろん、闇の者を食らい続けるのみ。私達は光を好みますが、光は私達の見方。ならば、食う事も許されませんから》
《ふんっ…嘘を並べるな。貴様、元々光を増やし、食らい尽くそうという考えだろう》
《貴方こそ、そうなのでは?闇を増やし、食らい続け最終的に最強になり永遠の命を手に入れようと》
《そんな事が出来る筈が――》
《出来るから言っているのですよ》
黒影の目が剣呑になる。
《なんだと》
《私達陰も影も、人を食らい続ければ永久の命を得られるのです。影で最強な貴方が知らなかったのですか》
《我はそんなもの、必要としない。滅びる時は、我はこの生きた時間を愛しく思い、逝く》
《嘘を言わず、真実(まこと)を告げなさい》
《それは此方の台詞だ。貴様、我を舐めるなよ。これでも、ものの心を読むくらい容易いわ》
《私も同じですけれど?》
《嘘をつけ》
《嘘ではありません。それに気づいていないという事は読めていないわけですね》
《嘘を並べ、あげくに信じぬとは貴様、今すぐ消したいほど憎たらしい奴だ》
《おや?それはどうも有難う御座います》
狼の毛が大きく逆立つ。
《褒めてなどいないわ!》
《ふふっ…。永遠の命を欲しがる。貴方はそれを望んでいる》
《――望んでおらぬ》
《永遠の命を得る為に、好物となる人を100人ほど食らえばその命が増える、といい告げられています》
《……》
沈黙を返す。
月光はにやりと嘲笑しながら、続ける。
《貴方はそれを欲しがっている。永遠の命を手に入れたら、この世界も手に入れようと》
《貴様…っ、嘘を並べるな!我はそのような事、一度も望んだ事はない!それは全て貴様だろうが!》
《そんな事はありませ――》
《黙れ!久遠の命を得、世界の者全てを食らい尽くし世界を滅ぼさんとするのは貴様の方だろうが何を我のせいにしようとしている!》
《何を―》
《アキを騙し、アキラを殺し、そして我は消える。そこをアキを使い闇を滅ぼし、貴様がアキを乗っ取り、世界の人々を滅ぼし、食らいつき、陰のものにしようとしているだろうが!》
《何を嘘を並べているのだ!私達は一切、そのような事は望んでいません!》
《我は心を読める!ならば、貴様の言葉、我に通じる事はないッ!》
《何を言うか!私も読めれば、それを否定する権利もなし。貴方が述べた事は全て貴方の事でしょう?!》
黒影が低く唸り、咆哮を上げる。
月光がやられぬよう、咆哮を上げ相殺する。
いきなりの咆哮にアキラとアキは同胞の方へ顧みた。
金色の毛並みが大きく靡く。
アキが軽く舌打ちをする。
「おい、月光。此処は一旦引くべきだと言ったのは誰だ」
《……。―――申し訳ありません》
そういい捨てると、猫は身を翻す。
《私が感情を激怒させるなど、彼奴も相当な口を持っていますよ》
「何が言いたい」
《貴方も、気をつけないと感情で身を滅ぼします、と申しておるだけです》
彼女の横を素通りし、アキラにのこのこと近づく。
結構離れた場所で腰を下ろす。
《先ほど、説明しましたが、貴方の身も気をつけたほうが宜しいですよ。いつ――》
体を奪われるか解りませんから。
彼は目を見開く。
《あの影、騙すのがお得意なので気をつけたほうが宜しいですよ》
猫が目を細める。
《一度、経験した貴方ならご理解できるでしょう?》
どくん、と心臓がはねた。
背筋に氷塊のようなものが駆ける。
視界に昔の記憶が通り過ぎる。

あの時、黒影によって起きた悲劇を忘れはしない。



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