長編 小説 | ナノ
十二話 王対影


運命は、例え王でも変えられないもの――。

― 十二話 王対影 ―

前から気に食わなかった。
主をあそこまで陥れて、最後には何かをしでかすように見えた。
だが、我の予想は当たっていた。
そう。
彼女は恐ろしく、とてもおぞましい。
我が主を迷わせた。
決意はあった筈。
なのに、狂わせてしまったのだ。彼の意思を。
彼女は危険な存在。
それだけはよく分かる。
あの笑いを見れば、すぐに。
―主の心の迷いをなくそう。その為に、どんなことでもしてみせる。
主が例え、望まなくても。
彼の迷いは、全てを狂わせる。
闇が光に覆いつくされてしまう。
何があっても。
王がそれを阻んでも。
必ず。
あの女を殺し、アキラの生命を食わずこの身で過ごしてゆく為に。
我はアキラの生命ではなく、他の者の生命を食らい続けなければ、彼を食らうこととなる。
それだけは。
それだけは、嫌なのだ。
だから。
少しでも、彼の生命を吸わず。
もし、吸っても、彼の負担を減らす為に―――。

彼女の霊力が迸った。
妖力でそれを押し返す。
黒獄闇影は、妖気をぶつけ相殺する。
軽く舌打ちをしたアキに黒影が地を蹴り跳躍した。
尖った鋭い爪を上から切りつける。が、軽々と避けられ闘気を放たれた。
黒影の姿が暗黒の狼から姿を変え、影に溶け込む。
気配を消した影を周りを見渡し、捜すアキ。
「くっ……!」
自分の影から出てきた狼が噛み付く。
瞬時に右腕をだし、防ぐ。腕を引き千切るように強く引っ張り、そのまま妖気を放ち叩きつける。
叩きつけられた妖気をもろに食らい、腕が引き千切られ壁に飛ばされた。
呻き声を上げ、千切れた右腕を左手で押さえる。
黒影は腕を口にくわえたまま、にやりと嗤った。
《その程度か。貴様は》
軽く鼻で笑う。しかし、彼女も軽く鼻で笑い返した。
「はっ…。何言ってるの?こんなもので私がやられるとでも?」
左手を右腕に翳し、緑の光を放つ。
その瞬間、千切れた右腕からずぼりという音をたてて、甦る。
右手を開いたり閉じたりして、黒影を一瞥した。
狼は嘲笑し、闘気を叩き付けた。同じく、それを相殺するように霊気をぶつける。
右手から赤い光が放たれ、そこから太い太刀が召喚された。
地を蹴り、体躯を回転させ狼の首元を目掛けて、突きつけた。懐に飛び込んできた彼女を飛びはね避ける。
一回転してそのまま着地する。
喉の奥から激しい咆哮が上げられた。
周りにある瓦礫が宙に浮く。
そのまま、瓦礫がアキに向けられ、飛ばされてゆく。が、霊力でそれを全て弾き飛ばす。
俊足で、狼の懐に入り込み、左手にも太刀を召喚し交差で斬る。
がきん、と鈍い音がした。
右手の太刀を口でくわえ、左手の太刀を前足で押さえた。
刹那、狼がにやり、と嘲笑った。影は大きく広がり狼の形が崩れた。
彼女を包み込む時、太刀を放し、影から逃れる。
狼の体躯に戻った黒影は体から腐臭を放つ。鉄が錆びていくように、溶けていくような匂いを漂わせた。
彼女はちっと舌打ちをし、刀を召喚する。刀を構え、狼を誘う。
暗黒の狼が地面を強く蹴り、跳躍する。
高く飛んだ狼に短刀を投げつけた。狼は素早く空中で地のない場所で蹴り、高速で移動を行う。
一本の短刀をくわえ、ぎらりと鈍く輝いた尖った先が彼女に向けられた。そして、横に斬りつけた。
一瞬で刀を構えてそれを防ぐ。背を向け合った者たちが素早く振り返り、お互いに彼は横に、彼女は縦に振った。
その時、狼が一瞬―ほんの一瞬視線が違う方向に向けられた。
(呼ばれた、気がする……)
それを突いたが、アキにはその一瞬をやる事が出来なかった。
そのまま、狼と彼女は斬りつけられた。
瞬時の回避でアキの横っ腹に深い傷ができ、黒影は右腕を切り落とされる。
一本の前足で立ち、切られた部分からは何やら黒いものが滴り落ちた。それが地面を黒く描いてゆく。
苦痛の顔さえ見せぬ二人。
数秒凝視しあっていたアキと黒影の顔が歪む。嘲笑というものに。
彼女の深い傷から鮮血が滴る。
黒影の斬られたところからずぼりと腕が再生した。
その瞬間だ。
地を蹴り、太刀を召喚したアキ。跳躍し、目をぎらりと煌かせた黒影。
太刀を大きく横に薙ぎ払う。太刀を使って、一階転し避ける。
狼から影に戻り、溶けて消えた。
アキの薄い陰から形のなっていない黒いものが飛び出し包み込もうとする。が、太刀をもう一本召喚し、高速で斬りつけた。
細かくされた影の塊に闘気を叩き付けた。
跡形もなくされてしまった影だが、アキラの影から狼型の影が現れる。アキの影から瞬時にアキラの影へ移ったのだろう。
淡々と彼女は言葉をはき捨てた。
「しぶとい…」
鼻で笑う狼。
《貴様には言われたくない事だ》
「早く死んでくれない?目障り…!」
霊気が彼女の華奢な体から迸る。
《それは此方の台詞だ…、とっとと失せろ…ッ!》
狼から妖気も放たれ、二人の気が木っ端微塵にされた。
その様子をさきから見ていた巨大な猫が息をつく。
《そろそろ、お止めになりましょう》
その言葉を言った時、彼女と狼の瞳が猫に向けられた。
睥睨した彼女達を見て、さらに溜息をついた。
《お二人して同じ行動をとらないでいただけますか》
言われなくとも。
二人はそんな事を思いながら、戦闘態勢をといた。
アキは軽く舌打ちをした後、太刀を消滅させる。
黒影はそのままアキラの前で腰を下ろす。
不満足そうに尾を振る。アキを殺すまできっとやり続けただろう。
軽く息をついたアキラを黒影が顧みる。
《アキラよ》
「ん?」
《我が奴とやっていた時、呼んだか?》
「え…」
呼んだ、とは言えないものならば。
あの時はただの呟きにしか過ぎなかった。
「意味があって、呼んだわけ、じゃっ…ないけど」
《そうか……》
だが、と黒影は瞳を煌かせた。
《無闇に名を呼ぶ事は勧める事でもない。その名を呼ぶ前や呼んだ後、悪い呟きでもした場合それが起きてしまう》
アキラの力は言霊。
無闇に言葉を言ってはならない。
ある呟きが現実に起こってしまうからだ。
それほど、アキラの言霊は強いのだ。誰よりも。
一方、アキは未だに闘気を放っていた。
それをあの猫に。
彼女がぎらりと瞳が輝く。
「何故、止めた」
金の猫は黙る。その白銀の瞳はアキに据えられている。
「私の邪魔でもしたいのか、お前は」
《そのような事はありません》
「では、一体お前は何がしたい」
《貴方が死なれては、此方が困ります。貴方とあ奴の戦いを見ている事は出来ません》
彼女は沈黙を返した。
だが、猫は気にせず続ける。
《ですから、私も参加致します。それに、この場所は彼らに有利。一旦引いた方が宜しいかと》
アキは目を細める。
確かに、この場では彼らの方が有利だ。さきの力を見れば、この瓦礫は黒影の味方。
ならば、ないところでないと、こちら側が圧倒的に不利になってしまう。
アキの力はまだ使っていない。どんな力なのかも相手はまだ知らないのだ。
ならば、此処は一旦引いて有利な状態の場所でもう一度戦闘を行えば、勝てる確率が上がる。
それに今のアキラではきっとアキを討つ事は不可能だろう。心に迷いがある。否、迷わせた。
黒影一人で光の王にその陰を倒す事は無理だろう。
そう考えればやつらを倒せる。
光の猫はそう考えたのだろう。
銀色の瞳は未だにアキに向けられている。
その瞳の意味は撤退するべきだと知らしている。
闘気を放っていたアキの力が弱まり、静まり返った。
沈黙ばかり返していたアキがようやく口を開けた。
「―そうね」
その言葉に安心を持ったのか、肩の力を抜いた猫。
だが、まだ帰ることは出来ない。
黒影が逃がすような事を考えていないだろう。
明らかに此処は光の範囲だが、闇に染まりつつある。
ならば、いつか此処はさらに不利な場所になる。そんな良い場所から逃がすはずがないだろう。
たとえ、主が使い物にならなくても。
いざって時はきっと黒影はあのアキラの生命を吸い尽くし、あの体を使い光を無くすだろう。
光の猫が彼らを顧みる。アキも同じく。
銀の瞳が苛烈に輝いた。
だが、アキが猫の前に出る。
《アキ、何を―――》
「そういえば、まだこの子の自己紹介がまだだったわね」
黒影の顔が険しくなる。
その結果により、彼の攻撃の仕方がいろいろ変わるだろうに。
アキがそっと光の毛並みを撫でる。
上を見るが、彼女は見下ろすことなく目の前にいる彼らを凝視していた。
アキ、一体何を。
そっと口を開けた声音がいつもよりも低かった。

「この子は月臨光華(げつりんこうか)。――月光(げっこう)。一番強い陰よ」



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