長編 小説 | ナノ
十一話 光と王


王と王、二つの世界の二人の王――。

― 十一話 光と王 ―

不思議だ。
今、会いたいと思い続けていた者が目の前にいた。
そう。
二度と、会えないと思っていた。
だが、会えた。
けれど、会いたくなかった。
会いたくない時に会ってしまった。
ここで会えば昔の彼女のようにできなくなる。
そう。
どうしようもなかった。
彼女が自分の前に現れた時。
別の場所で会いたかった。
そうでなければ、ダメだったのだ。
そう。
それは、嬉しいのか。
それとも―。

立ちすくんでいた。
愕然とした瞳で目の前の光景を見ていた。
彼らの目の前にいる女性。
その髪は、外から入り込む風によって翻っている。だが、きっと地面につくほどの長さはあるだろう。血に染まり続けたような髪の向こう側にある姿。
女性はゆっくりと此方に振り返る。
青い青い瞳と赤紫の瞳は冷酷な双眸を示していた。
手に持っていた少女の生首を無造作に投げ捨てる。音を立てて転がる。
アキラの口は強張っており、うまく声が出ない。
息が詰まり、驚愕している。
黒影は女性を睥睨し、ぐるると唸る。
女性はにっこり微笑む。
「御久し振りですね―――」
その声音は、優しく言っているようだ。だが、相手を追い詰めるほどの圧力もかかっている。
女性の目が細められる。
「――お兄様」
今まで強張り続けた口がようやく開かれた。
「ア……キ、コ…」
目の前の光景が信じられなかった。
その微笑みは昔と変わっていない。優しく、高い声音。
だが、女性が持っていたものは確かに少女の生首。この目の前にある死体は全て目の前にいるアキコ―アキ=K=ヴァフォリーシュがやったのだ。
それは事実。
誰にも変えられぬ事実だ。
音とならない喉に力を入れる。
「どうして……こんな……」
「あら、闇の王がそんな事言う必要があるの?」
うっそりと目を細める。
そして、にっこり微笑んだ。
「お兄様にとって、丁度良かったでしょ?どうせ、殺そうとしたのでしょう?この者たちを」
無言でアキを凝視する。
「その狼と一緒に、ね。そうでしょう?」
拳を握り締め、黒影を顧みる。
暗黒の狼はさらに剣呑な顔をする。
《黙れ、邪道。貴様、光を殺すという事はどういう事なのか、分かってやっているのだろうな》
アキはさらりと冷酷に言い放つ。
「貴方に言われたくないわ、外道の分際で。私は普通とは違うわ」
「普通とは違う…?」
その場にアキラが入り込む。
アキが彼の方に向き直る。
「私は、貴方の逆よ。お兄様」
「逆…?」
アキラの下にいる黒影は苛烈に瞳を輝かせた。
《そういうことか……ッ!》
彼は怪訝そうな目で妖力を上げる狼を見つめた。
《アキラ、こ奴は―王だ》
「え…?」
《アキは光の王だ。アキラ》
光の、王。
アキラの瞳が見開く。
「光の……王…?」
光と闇。
闇に王がいればその逆もある。
闇の王。ならば光の王。
闇の女王。光の女王。
彼女は光の女王の筈だ。
だが、何故王なのだろうか。
《元、王を殺めたのだろう》
彼の心を読んだかのように低く答えた。
くすくすと目の前にいる少女が笑う。
「よく分かったわね。流石お兄様についている影なだけはあるわ」
黒影は胸を張る。
《ふんっ。こ奴だから、というわけではないぞ。我は誰につこうと勝手だ。例え貴様の兄だろうがなんだろうが》
だが、と付け足す。
《今はアキラが我の主。ならばその命に従うのみ》
「けれど、それなら貴方は私を殺す事は出来ないわ」
暗黒の狼の双眸が輝く。
《何故》
「お兄様はお人好しよ。妹である私がたとえなんだろうと殺す事なんてお兄様にはできない事よ」
そして、頼む事も。
彼女は誰にも殺せない。
殺せるとしたら、騰麗雅だろうか。
だが、一番上であるアキラが否定した場合は誰であろうとこちら側がただやられるだけになる。
流石のアキラも、部下達の事くらいは考えるだろう。
だとしたら、殺さずとも倒す程度の事はするだろう。
アキラは先から沈黙している。
ただただ俯いている。
決めているのだ。
彼女は光。そして彼は闇。
どうしても、敵対する。
アキ自身はきっと苦痛などないだろう。
あの時、自分が殺されそうになったのだから。
だが、アキは嫌な笑みを見せた。
その笑みは黒影のみだけが見られた。
「お兄様」
アキラの肩がぴくりと震える。
アキは優しい口調で続ける。
「私はお兄様が大好きよ」
その言葉は彼の判断を惑わす。
黒影は闘気を放ち、アキに降り注ぐが、彼女は霊力で粉砕する。
「お兄様があの時、私を殺しても。でも、私は生きている。それにあれはお兄様のせいじゃないわ」
そう。
あれは、この影のせい。
憎むならこの影を憎むべき。
だから、私は憎んでいる。
この闇黒の狼を。
アキラは少し目を見開く。
その瞳に少し迷いの感情があらわされている。
アキはにっこり微笑む。
その微笑からは悪意は感じられない。
闇色の狼は眉間に皺(しわ)を寄せる。
アキ。
彼女は強敵だ。
敵にしたくないほどの。
だが、彼女は敵。
光と闇。
闇には暗黒の影があり、光には光華の陰がある。
アキラの影は黒獄闇影。
アキの陰は――。
その時、彼らの間に割り込むように入り込んだ声が聴こえた。
《――アキ》
彼女は顧みる。
アキの後ろには光輝く陰が、大きな猫のような形をした金色の毛並みがなびく。そして、その金色の体躯に白銀の双眸を見せ付けている。
その銀色の瞳が彼らを睥睨する。
《離れなさい。今すぐに》
アキは息をつく。
「お兄様との再開を邪魔しないでほしいな」
《再開などと、相手は闇です。兄でも離れるべき者…。相手は私達の敵です》
彼女は無言で返す。そのままアキラに向きなおす。
光華の猫の瞳が細められる。
そして、苛烈に輝いた。
《彼の影はとてつもない力を持っております》
鋭く胸に突き刺さるような言い方で続ける。
《貴方も、殺されるほどの力を》
顧みた双眸が金の猫を睨みつけた。
《その王も持っております。恐ろしい力を。その影とあった力を》
猫が顔を歪める。
《アキ、今すぐに離れなさい――ッ!》
刹那。
金の猫の首元には血に染まった長い爪が当てられる。
アキの瞳に感情の欠片すらない。
威圧で猫の手足が地面にめり込む。
猫が必死に自分の通力で耐える。
そして、アキは淡々と言い放つ。
「私が何故あんな影如きで負けるの?その理由が分からないわ」
鼻で笑う。
外から入り込む風で、アキの長い髪は遊ばれ、アキラの少し長い髪も翻る。
影の瞳が険しくなる。
《なんだと?貴様、我を舐めるなよ…ッ!》
「それはこっちの台詞よ。貴方こそ、私を舐めないでくれる?それに――」
自分の陰を一瞥する。
「こんな奴にも馬鹿にされたらどうにもできないわ。今すぐにその力の強さを見せ付けてあげるわ――っ!」
彼女の霊力が迸(ほとばし)る。
その霊力を押し返すかのように黒影は妖力をぶつける。
アキラは腕を翳し、隙間から様子を見る。
ぽてぽてと歩み、彼の元まで来たのはさきの陰だ。
《―流石、アキなだけはある。私の思い通りに動いてくださる》
彼は胡乱な目で目の前にいる光華の猫を凝視した。
《貴方は…いつかあの影に侵される》
猫の発言に愕然とする。
「侵……され、る…?」
こくりと頷く。
《私達、意思を持つ影、陰たちは人の生命を食らい保つ存在》
そして、生命を食らわぬものは闇へと還っていった。それでないと死んでしまうからだ。
陰たちがどうすればこの地上に姿を現していられるのだろうか。それを考えたものはすぐに人に目をつけた。
人に乗っ取れば、生命を吸うことが出来る、と。
それから人に乗っ取るようになった。影として。
影として人についたものたちは人に乗っ取れば助かると思っていた。だが、それは勘違いだった。
人にも命など寿命がある。尽きれば、死ぬ。だから、ずっと乗っ取る事は出来ないのだ。それに、彼らが乗っ取ったせいで死は早まってしまった。
それにより人は滅び始めた。
自分が滅ぶか。それとも、人が滅ぶか。
彼らには人を滅ぶしか選べなかった。だが、人が滅べばどうせ自分達も滅びる。それは、誰でも予想ができる事だった。
だが、最近になって出始めた。
力を持ち始めたのだ。世界の人々が。
光と闇、という力を。
闇は減っている。闇は、影たちにとって最高の餌なのだ。
陰たちにとっては光が最高の餌。
影たちはその闇を持つ者を生かそうとしたかった。だが、出来なかった。
そう。
彼らには実体がない。実体がなければ、触れる事も許されない。触れる為には何かの影にならなければならなかった。
どうしようもない、彼らを救った者がいた。
闇を救い、そして彼ら影たちを救った少年。
アキラ=R=ヴァフォリーシュだ。
影たちの中で一番強く、一番恐れられていた影がその少年に乗っ取ったのだ。
そして、問いかけた。
晴らしたいか、と。
憎き彼奴らを。
だが、彼は否定した。今までこの問いで否定する者はいなかったというのに。
その時、影は怒りを上げた。
何故思い通りに行かない、と。
何故憎まぬ。
彼の答えは簡単なものだった。
―い……み……ない、から
そのとおりだ。
だが、この世界は憎しみの続く世界だ。
憎んで憎んで、憎まれ憎まれ行き続ける世界。その繰り返しを行う世界なのだ。
だが、彼は否定した。
何故思い通りに行かないのだ。
その時、この影は陰に頼んだのだ。
あの男の生命を吸い、一旦操りアキを怪我させろ、と。
そうすれば、この少年は必ず憎むはずだ。
それは、影の予想通りのものだった。
アキラはそのまま憎み、もっと憎ませる為に食らったのだ。アキを。
だが、返り討ちにあったのだ。
光による力で。
陰の猫は息をついた。
《自業自得、という訳です。そして、王になったお主を心底喜び、一部一部を侵してゆき、いつか必ずその身を得ようとしているのです》
「……」
彼は俯く。
今まで、出てこなかった―否、出てこれなかった黒影。
だが、あの時とは違い、助けてくれた。
それは、食らう為、だからなのか。
拳を強く握り締めた。指の間から、何かが滲み出てきた。滴り落ちたそれは地面をぬらしてゆく。
アキラは歯を食いしばった。
「黒影…」
彼の名を呼ぶ。
アキラの言葉は言霊。
無闇に言ってはならない。
「”信じてる、黒獄闇影”」
言霊に乗せ、届かせる。
黒獄闇影が一瞬此方を見たが、すぐに向き直った。
「……」
(黒影しか……)
誰にも気づかない程の心の隅で呟いた。

黒獄闇影にしか、私の気持ちは分かってくれないから…。たとえ、何があっても、信じ続ける――。



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