長編 小説 | ナノ
七話 心


闇は光に弱く、光は闇に弱い――。

― 七話 心 ―

今、何処にいるのか。
気配が感じ取れない。
消されている―もしくは何かあったのかもしれない。
早く、行かなければ。
だが、彼はどこに?
どこに彼はいるのだろうか。
どうすることもできない。
どうにかしたい。
あの人が此処にいれば―――。

木々が避けてくれるなか、息を切らせながらも走り続ける。
助けを呼んでる。
「あ奴は一体何をしておるのだ……!」
光のところになんぞ行っておらんよな…、とぶつぶつと呟く騰麗雅。
騰麗雅の一番得意とする能力、人の心を読むこと。特に、人が苦しんでいたり、辛くなったりすると、その時に助けの言葉がくる。その言葉で位置など簡単に見つける事が可能だ。
ちっ、と舌打ちをし地面を蹴った。木の枝にのり、次の木へと飛び移りながら先へと進む。
さきにトキが行った筈だ。今頃、気配が感じ取れず、街中で捜し回っているだろう。
早くトキのところへいかなければならない。居場所を伝えなければならない。
街にもうすぐだ。もうすぐ――。
街の前に誰かが立っている。街の人か?
その者は見た事のある顔つきだ。
「トキ!」
街の方を凝視していた者、トキが此方に振り返る。
「騰麗雅様……!」
「どうして、ここにおるのだ?」
「無駄に動く事は良くないかと」
「良い判断だ」
くすっと笑う。
トキはアキラよりも頭がよさそうだ。
「アキラは今どこに?」
焦っているようだ。言葉が早い。
「落ち着け、トキ。あ奴は今、ある者の家にいる」
「アキラが?」
「この街は、もともとアキラが住んでいた街とそっくりだ。本人は記憶を失っている。昔の嫌な思い出をな」
自分の妹を殺してしまった。そして、街の人全員を殺してしまってしまった。それに―――。
「闇と契約した、とも言っておったな」
ほんの小さな呟きだったが、トキはそれを聞き逃さなかった。
「契約?闇と契約とはどういうことなのですか」
「あー……いつか説明する。今は、アキラを捜す事を先とするぞ」
「…はい!」
「トキ、わらわが場所をはっきりさせる。そしたら、そこを集中してお主の能力を使ってアキラを見つけろ」
「承知」

◆  ◆
名前。
それは、知ってはならない時もある。
偽名を使わなければならない時もある。
だが、人は知りたい。
真実を。真実の名を。
偽りなど知りたくない。
それはほとんどの者が思う事だ。
どんな理由があっても、教えてはいけない事。
そして、どんな理由があっても、知りたい事。
名前、という一つの事だけで人々は変わりゆく。
名前だけで生きるものも。
名前だけで存在するものも。
名前ごときで、朽ち果てるものも―――。
◆  ◆

どうしようもない。
ただ見つめる事しか。
ただ、目の前にある者を信じるだけしか。
ほんの少しの出来事のはず。
まだ会ったばかりだ。
それなのに、もういなくなってしまった。この世界から。
ナナ。
ついさっき会ったばかりのはずだ。
なのに、もう会えない。
もう、話す事もできない。
自分の名を知ってしまったから。
「どうして……」
今までナナの死を認められず、沈黙を続けていたララがようやく口を開いた。けれど、やはり言葉一つ一つが震えており、今にも泣きそうな声だ。
「どうして、お姉ちゃんを……」

『どうして……お兄様…っ、こんな……こんな事を……』

重なる。
似ている。
この少女の声が。
あの少女の声と。
大切にしていたあの声と。
「どうして……お兄ちゃん…!!」
アキラには答えが一つある。
言いたくない、答えが。
「答えてよ……っ…!」
頬に涙を流す。
この光景を、こんなまだ幼い少女には耐えられないのは当たり前だ。
アキラは顔に苦痛を浮かべる。
(答える、べきなのか……?)
ララは答えを求めてる。
それも当たり前。自分の姉が目の前で殺されたのだ。なんの理由もなく。―否、理由はある。ララはない、と勘違いをしている。そう、アキラには決められた事がある――。
ゆっくりと、口を開く。
「名を……」
名を、知ってしまったからだ。
瞠目する。
これ以上開かないほど目を開いている。
名前。
名前だけで。
名前だけで殺す。
名前を知っただけで殺す。
それは良い事なのか。
殺す理由なのか。
否――。
「―――嘘」
「え…?」
「そんな理由がとおされる筈がない…ッ!お兄ちゃんが闇って事は分かったけど……でも、お姉ちゃんを殺したのは許せない!!」
アキラは黙りこむ。
頭の中に声が響く。それは影の声だった。
《許せないから、どうした?》
「っ?!」
《許せないから、どうするつもりだ。この我が主でも殺すとでも言うのか。貴様は裏切りを犯すのか》
「い、意味が分からない……。私が……なんでっ…裏切りになるの?!お兄ちゃんの仲間でもないのにっ!」
ララは明らかに影に恐怖を感じている。
が、影は笑う。嘲笑っている。
《クッククククク……。馬鹿だろう貴様は。自分が何なのか分かっているっておるのか。貴様は闇だ。闇は闇のもとへ還られねばならぬ。それくらいは貴様でも理解は出来るだろう?》
「で、でも、私は好きで闇になってるんじゃないもの…!」
《我が主とも、好きでなるものなどいるわけがないだろう!!》
びくっとララは後ずさる。
影は、アキラの影から姿を現す。実体はただの闇の塊にしか見えない。
《貴様のその闇への憎しみは、さらに闇を生む。貴様の心は闇へと犯されていく。その時、貴様の意思はなくなる。闇は闇を憎んではならぬのだ。憎むのならば光へと変わり果ててからにしろ!!》
ララは影の言葉に反応する。
「光に……なれる、の…?」
その瞳には嬉しさが沸いている。
闇から開放される。街の人にも苛められずに済む。
だが、影の口は―。
《変われぬわけがなかろう》
アキラがすぐに理解した。
影の意味が。
「ララ、ダメだ。光になろうと、この闇にいってはいけない」
「お兄ちゃんは、黙ってて!!」
「ララ――」
「私はお兄ちゃんを許さないって言ったでしょう!今すぐに光になってお兄ちゃんを憎む…!」
何故。
何故そこまで姉を殺した事を憎む。
いつも、お前を苛めていたのだぞ。
殺されそうにもなったのだぞ。
それなのに…何故――。
「たった…一人の…っ、家族なのに……ッ!」
「?!」
一人の家族。
ならば両親は。父と母はどうしたというのだ。
「私の気持ちなんて……っ、誰にも分からないのよ!」
《それはどうだろうな?》
闇が口を開く。
《貴様は勘違いをしておるぞ。我は闇だ。人の心くらい、感情くらい読み取るということは簡単な事だぞ》
「っ……」
《光になりたいのだろう?では、貴様がどこまで光になりたい、という感情を持つか、貴様の心次第で決めてやろう》
闇が、影の塊から段々と縮まっていく。
そして、人の目には見えぬほどの一瞬でララの体内へと入り込んだ。
アキラにはとめることすら出来なかった。
あの時見せた影の笑み。嘲笑し、嘲笑うあの笑みを。
あれは。
影はララを光にしようとなどしていない。
なら―。

光になる、ということは――。



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