長編 小説 | ナノ
五話 兄妹


王の力は絶大――。

― 五話 兄妹 ―

がたん、と椅子を倒す。
すぐに窓の方へ駆け出し、町の方角を見る。外を方を凝視し、瞳が凍てついている。
「ア、アキラ……」
顔が真っ青になる。すぐに部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。

『騰麗雅……』

呼ぶ。誰かが私に助けを呼んでいる。心の叫び。
この声はただ一人。
アキラ……!
騰麗雅は一階に行き、門へと走り出した。


◇ ◇
『お兄様、お兄様!』
何度も呼ぶ。
草原に寝そべる少年に少女は呼び続ける。
少年は唸り声を上げ、ゆっくりと瞼を開ける。その下には少し濁り気味の橙と赤の瞳があった。
そんな少年に少女はむっとする。
『もう。私と遊ぶって約束したじゃない、アキラお兄様』
頬を膨らませ、少し起こり気味の少女。
瞳は、右目が赤紫の瞳に対し、左目は青。髪は腰辺りまである赤髪だ。
『ゴメン、ゴメン……。明るい所、ちょっと苦手だから遊ぶこと忘れてたんだ。アキコ』
苦笑するアキラに、少女アキ=K=ヴァフォリーシュが少し怒る。
『関係ないよッ!明るい所なんて関係ないってばぁー』
ぶーぶーと文句を言うアキ。
アキラがアキコ、と呼ぶのは”アキ=K=ヴァフォリーシュ”のKをコにした為、”アキコ”と呼ぶようになった。アキのことをアキコと呼ぶのはアキラのみ。
『お兄様ったら本当に光、苦手ね。闇みたいだわ』
『そうかな?それに対してはアキコは闇が苦手だね。光みたい』
『有難う……お兄様。そう言ってくれて』
『礼の言われることじゃないよ』
アキラとアキ。二人で見合い、微笑む。
微笑する二人を隠れ見る者が、拳を強く血が出るほど握り締めていた。

『止めて!!何で……お兄様は何も悪くないわ!なのに……』
『お黙り、アキ!!アキラは闇なのよ。闇は消えなければならない存在なのよ!!』
アキラとアキの母は振り払う。その衝撃でしりもちをつくアキ。
父は、バットでアキラを殴りかかる。反射的に腕を前に翳す。その時―。
ボキッ
と鈍い音を立てて、アキラの腕が曲がっている。
『あ……ああああああ!!』
痛みに堪えられず、絶叫するアキラ。
その様子を満足そうでも不満そうでもない顔をする父。
やはり家族は家族。こんな行動をとっていたら父や母の心までもが痛くなる。
ずきずきと体が痛む。それは心が痛むから。
だが、許せない。
この世界に闇は許せない。
そういう存在なのだ。
苦痛に顔を歪めるアキラから一歩一歩遠ざかる。
その時に後ろから新たな者が来る。
その者は舌打ちをし、父の持っていたバットを奪い、アキラの後頭部目掛けて殴る。
恐怖のあまり、アキラはかわす。
その行動に苛立ちを感じる。
『くそ……っ!!闇の分際で!!』
その瞬間―アキラの体から大きな影のような獣が現れた。
『な……っ?!』
バットを持った者―リヴォン=ディッシュは驚愕する。
闇に包まれそうになった時、リヴォンは我に返りギリギリで避けた。
『お……お兄様……』
愕然とし、兄の様子を見るアキ。
『ア……アキコ……』
アキコ、とアキラが呼んだ瞬間母の目がこれ以上開かないほど開き、アキラを凝視する。その瞳には怒りが入っていた。
『アキラ!!!』
すぐにリヴォンのバットを奪うと、アキラを横殴りする。
いきなり殴られたアキラはそのまま体制を崩し、倒れた。
何故殴ってきたのか、その理由が分からず母を凝視する。
『アキの名前を……アキコですって?!アキラ、アンタは誰よりも言霊が強いのよ?!どうしてくれるのよ!!アキを……アキまで闇に染まるわ!!』
何度も何度もバットで殴ってくる。
どうしようもないアキラはそのまま相手のやられるがまま。
『止めて!!!』
叫びともいえるほどの声でアキラの前に出る。
腕を広げ、アキラをかばうかのような光景だ。
その光景を母は許さなかった。
『アキ!!どきなさい!!』
『いや!!お兄様は悪くないわ!』
アキの言う事は正しかった。母もそれは分かっている事だ。だが、ここで引いたら自分が死ぬ。他の者に殺されて……リヴォンに殺される。ここでバットを奪われてきっと殴ってくるだろう。それは父はきっと止めるだろうが、容赦なく父にもバットで殴ってくるだろう。そして、動けなくなった父と母の次はアキ―否、アキラにいく。アキは正真正銘光。リヴォンはそんなアキを絶対殴るはずがない。ならばアキラに――。否、リヴォンなら容赦なくアキも殴る。邪魔をするものは誰であろうと殺るのがリヴォンのやり方だ。気をつけないとアキは死ぬ。そんなことは……!
母はアキを突き飛ばす。
『どきなさい!!でないと……バットでアンタも殴られてみる?!』
『っ?!』
アキはいきなりの母の言葉に驚愕し、立ち尽くす。
口元に手をあて、小さな声を上げる。恐怖に怯えた声だ。
その時、下から声が聴こえた。
『……めろ…』
母、父、リヴォンはアキラの方を見る。
のろのろと瞼を開け、口を開く。
それはあまりにも音にならないほどの小声でもあった。
アキラの片方の腕は見事に折れている。服もところどころ朱色に染まっている。顔元は目元が腫れていて、傷だらけだ。
今のアキラの状態に喘ぎ声を出す母。
あまりにも自分の息子の姿に耐えられなかった。
声にもならないほどの絶叫。
リヴォンはその光景を見て、軽く舌打ちをする。
『死に底ないが……!』
『止めて!!リヴォンさん、止めて下さい!!』
アキは何があろうとも止めようとする。
それを振り払い、突き飛ばす。アキはその衝撃で尻餅をつく。が、アキは諦めようとはしなかった。すぐにアキラの元へいき、アキラを庇う。
『止めてったら止めて!!』
『どけ!!そいつは闇だ!!悪だ!!死ななければならない存在だ!!』
『嘘よ!!』
『嘘じゃない!!』
『勘違いしているわ!!』
勘違い、だと……?
驚愕するリヴォン。
アキの瞳は軽く濁っているが、その瞳には嘘は映されていない。
『闇だって……全て悪いわけではないわ……』
光も闇も、どうせは同じ人間同士。どちらにせよ死はくる。心臓を刺されば死ぬ。頭を撃たれれば死ぬ。それは光も闇も同じ。ただ、明るいと暗いの違いなだけ。光も闇も使い方さえ間違わなければ被害は及ばない。闇が光に喧嘩を売るならば、そいつは殺ればいい。でも売らない者は殺す必要がない。逆に光の仲間とすればいい。それだけのことのはずだ。
『ア……アキ……』
アキはそこまでアキラのことを思っていたのか。
『……』
無言でアキを凝視するリヴォン。
アキの後ろでゆっくりと口を開くアキラ。
明らかに掠れている。
『ア……キコ……』
《晴らしたいか》
『……っ?!』
アキラはいきなり耳に響く声に驚く。
アキラが一人でに驚いている。それを怪訝そうにみるアキ。
『お、お兄様?どうしたの……?』
小声で呟く。
アキには聴こえるほどの声で。
『声が……きこ……え……る……』
『声?』
《晴らしたいか。憎き彼奴らを……》
『晴らし……たく……ない……』
アキラの独り言に険しい顔をするリヴォン。
(誰と話しているんだ)
晴らす?それは俺達のことか?こんな痛めつけて、恨みでも持ったのか?だが、今晴らしたくない、とアキラは言った。それは、俺達が憎くない、という事だ。
《何故だ。貴様はそこまでやられたのだぞ。何故やり返そうと思わぬ》
『い……み……ない、から』
《意味だと?あるぞ、あるぞ貴様。人間など憎み、憎みあい、憎み続ける。貴様も彼奴らを憎み、そして彼奴らも貴様を憎む。そしてそれが広がってゆく。貴様は憎まれ続ける。そしてお前も憎み続けるのだ》
『憎むのは……良くない……』
人を憎む、という事は恨み続ける。恨まれ続けるということだ。その憎しみはただただ広がっていくだけ。そして最終的には誰もが憎み続ける。それは晴れる事などなくなる。ならば、初めから憎んではいけない。憎み続けてはいけない。たとえやられようが憎んではいけない。こちらが憎まなければ、向こうも分かってくれるのだ。いつかきっと。
謎の声の持ち主が少し無言でいると、いきなり嘲笑する。
《恨まないだと?それでは貴様がただやられるだけでいつかは朽ち果てるがおちだ!ならば此方が憎め。憎め、憎め、憎め!!》
その声にはだまされそうになる。
言霊ともいえる、心を戒められそうな声だ。
少し恐怖感を覚えた。肩を震わせる。
地面に手をつき、体を起き上がらせる。体全身に強い激痛が走った。うっ、と声を上げるが必死に唇を噛み、押し殺す。
アキが口を開く。
『お、お兄様……もしかして、声って……”闇の獣”?』
その言葉に母父リヴォンは愕然とする。
アキラは否定しない。そうなのか。
リヴォンは歯を食いしばる。
『やはりお前は闇か!!!』
怒りとともに唸る。
『私を……闇に連れて行こうと、しているみたいだったんだ……』
『え……?』
『何度も言った……。”憎め”と。けれど、私は憎まないって言ったんだ……』
『お兄様……』
アキは肩の力を少し抜く。
やはり、たとえ闇の力を持っていようとも心は闇ではない。
安堵したアキだったが、納得いかないままのリヴォンがいた。
『お前は、今俺達がいるから憎まないといっただけだろ!!心では俺達を憎んでいるんだろ?!』
アキラは少し唖然とする。何故そこまで自分を信じてくれないのだろうか。
何があろうとも納得してもらいたかった。自分は、憎んでいないと。
『違う……。私は憎んでない……』
『嘘だ!!やはり嘘だ!!俺にはわかるぞ!!』
『何を言ってるのよ?!リヴォンさんの言ってる方が嘘に決まってるじゃない!』
アキが割り込む。その言葉に怒りを感じる。
『何だと……?』
『お兄様は嘘はつかないわ!付かないに決まってるじゃない!バカ!!どうしてそこまでお兄様を信じてくれないの?!どうして闇だからって差別するのよ!』
『当たり前だろう!闇なら差別ぐらいするだろ!!』
『じゃあ……闇になってみる?』
アキは嫌な笑みを見せた。
ぞくっとリヴォンに冷たいものが背筋をかけていった。
『ア……アキコ……?』
嫌な予感がする。それはただの予感なだけかもしれない。
『リヴォンさんが……闇?』
アキラの小言はリヴォンまで聴こえた。
その瞳は凍てついている。リヴォンはすぐにアキラの方に視線を向ける。
凍てつく瞳。それに瞳の奥には燃え上がるような憎悪が感じた。
『アキラ!!今、今言っただろ?!自分が何したのか分かっているのか?!』
いきなりアキラの胸倉を掴んでくるリヴォン。
『な、何を……』
『今、お前は俺が闇になるといった!!お前の言霊は強すぎるんだ!!』
アキラは自分の能力を思い出す。ほとんどが言霊な能力。言葉にしたことはほとんど、否全部が現実に起こった。
ならばさきアキラが言った事も事実になる。
《そ奴は我が獲物だ……!触れるでないぞ、貴様!!》
頭に響くような声が聴こえた。
ばっとすぐさま後ろを向いたリヴォンの目の前は黒に覆われている世界。
ばくん、と闇に覆われ包まれてしまった。
アキラの影の中へと消えていった……。
その様子を愕然として凝視していたアキラ、アキ、母、父。
最初に口を開いたのはアキだ。
『嘘……』
アキラの言ったとおり、闇になった。闇に包まれて闇と化した。
『どうして……』
アキの言葉はかき消された。母の言葉により。
『どきなさい、アキ!!やはりアキラは死ぬべきだったわ!!』
アキを突き飛ばし、落ちていたバットを拾うとすぐにアキラを殴る。
避けきれず、そのまま頭に直撃する。その衝撃で体を崩す。
頭から赤い液体が流れ出てきた。
『闇よ……!アキラはもう闇になってしまったわ!!』
『止めて、お母様!!お兄様は……』
『五月蝿い、アキ!!』
その衝撃で、アキの頭を思い切りバットで殴る。
うめき声すら出さず、そのまま均衡を崩し倒れる。
自分のやった行為に体を振るわせる。かたかたと腕が震える。その手からバットが落ちる。ゆっくりと一歩、一歩後ずさりしていく。
『あ……ああああ……ああああああ……』
自分のやった行動に後悔していた。
殴ってしまった。アキを。愛しいアキを。
だが後悔してももう無駄だ。アキの頭からつうーと血が滴り落ちる。
愕然とした。
これ以上開かないほどの目で。
アキを。アキコを。見るしか出来なかった。
何も。何もできない。何も――。
アキ、アキコをよくも。母が、母が……。
《憎いか。晴らしたいか》
また、頭に響く。
《望め。我が望みをかなえようぞ。その代わり……契約しろ》
契約……?
《闇となれ。完全な闇と》
闇……。
《そうすれば、貴様の妹も助けてやる。親を祟ってやろう》
妹が……助かる?
《契約すればだ。我と契約したら、だ》
契約……。
《もう一度問うぞ。我と契約しろ》
答えは、Yes?No?
私の答えは――。

Yes.

アキラが目覚めた時には、街は全て焼き払われていた。
人々の残骸。地面は茶色ではなく赤へと変わっている。アキラの横には生首もある。母の首。アキラは後ずさる。ぱちぱちと燃え上がる家。焦げていて何か分からない死体。
アキラははっと我に返る。
アキは……、アキコは。
『アキコ……!』
アキラは立ち上がり、名を呼ぶ。
妹。アキコは何処だ?何処へ行ってしまったのだ?まさか……。
『死んでない……アキコは死んでるはずがない……!』
《貴様の力は言霊だ。自分の言霊を信じろ。我は貴様の妹を焼いてはおらぬぞ。生きているかどうかは貴様の言葉次第だ》
響く。あの獣の声が。
生きている。生きているはずだ。絶対に。
『どうして……お兄様…っ、こんな……こんな事を……』
声が聴こえた。それは、きいたことがある。自分が捜し求めた。あの……。
アキだ。
『アキコ!!』
『お、お兄様……?』
地面を這い蹲るようにして、アキは目を見開く。
『ゴメン……ゴメン、アキコ』
『どうして……お兄様』
『許せなかったんだよ。アキコを、私を守ろうとしてくれたアキコを……』
『お兄様……』
《クックック……。貴様の妹の血は美味そうだな》
『な……っ?!』
《貴様と契約した我は自由だ。何をしても問題などない》
『でも、アキコを食らうのはダメだ!』
アキラはアキを腕で庇う。
アキは少し愕然としている。
《それは……貴様が決める事ではないわ!!》
刹那――、アキラの影が伸び、アキを包み込もうとした。
『アキコ!!』
どうしても守りたい。
何があっても、守りたかった。
アキを。
『お兄様ァ!!!』
闇はアキを包み込み、地面へと溶けていった。
◇ ◇





back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -