東の風が頬を撫でる。空気は真新しい土の匂いがする。 まだ奥州は肌寒いが、確かに春は訪れはじめていた。 小十郎は担いできた農具を降ろし、空気を思い切り吸い込んだ。 今日は絶好の日和だ。 小十郎は力強い動作で鍬を振り下ろし、畑を耕していく。 ふと、振り下ろす鍬の先に見えた鮮やかな色に、小十郎は両腕を降ろした。 紅紫色の小さな花だ。丸くついた花弁が何とも可愛らしい。 その花には見覚えがあった。 小十郎はしゃがみこみ、その花に手を添えた。 「あのときの花か…」 昔、政宗と会って間もないころ、この花で花冠を作った。 笑わぬ政宗に笑ってほしくて、試行錯誤していた、あの頃。 不器用な自分には小さな花を編んでゆく作業はとてつもない試練だった。絡まった茎がぴょんぴょんと飛び出し、花はごわごわになり、うまく輪にならなかった。 この花の名前は何だったか。思い出そうとして見たが、分からない。 もしかしたら聞いたことすらなかったのかもしれなかった。 ぷちりと茎を折取り、花を見つめていると、後ろから声がした。 「よう、小十郎。調子はどうだ?」 「政宗様」 たまたま通ったらしい政宗が、手を上げるのに、小十郎は少し驚いたように顔を向けた。 政宗はこちらにやってくると、目敏く小十郎の持つ花を発見し、声を上げた。 「お、なつかしいな。」 政宗の指先が、小十郎の手の中の花をつまみ上げる。 紅紫の小さな花を、政宗は慈しむような優しげな瞳で見つめた。 「これで花冠作ってくれたよな」 「覚えているのですか」 少し恥ずかしそうな小十郎に政宗は、口の端を緩め、打って変わって真摯な視線を向けた。 「小十郎がくれたものはすべて覚えてるぜ」 不格好な花冠だった。けれど、塞ぎ込む政宗の心に差し込んだ、日の光にも似た小十郎の優しさだった。 あの時初めて、政宗は小十郎の前で笑ったのだ。 思い出の欠片は今も胸の内で光る。 紅紫って結構アレな色ですね…もっとソフトな色合いにした方が良かったのかも。 |