※死ネタ  原形留めてないけれども「牡丹灯篭」パロ





 
「三成殿が実は生きていた、なんてこと、ありませんよね」

 突如幸村の口から発せられた言葉に、兼続は訝しげに瞠目した。

「いきなり何を言うんだ幸村。…三成は六条が原で処刑されたろう」「そうですよね。変なことを聞いてすみません」

 幸村は思案するように目を伏せた。

「何かあったのか?」

 兼続は思い切って聞いてみた。そう聞いたところで、幸村は言いはしないだろうとは思ったが。
 案の定、幸村は少し悲しげに笑った。

「何でもありませんよ」

 それが嘘だということはすぐ分かった。だがこれ以上詮索することは兼続にはできなかった。







 真夜中だ。
 明かりなき漆黒の闇の中、月明かりで辛うじて腕が見える程度。
 しんとした静けさ。幸村はゆっくりと起き上がり、音を立てぬようにするりと部屋の外に出た。
 戸の前に立ち、じっと待つ。
 かすかに空気が蠢いた。生温い夏の宵の空気が、一瞬にして変質したのを幸村は感じ取った。
 幸村はただじっと待つ。
 冷気がもやのように漂い始めた。それは何かの訪れを予感させるように、奥深いところから漂って来るようだった。

 ひた…ひた…

 何かが静かに歩いて来るような、そんな音がした。
 じっと目を凝らせば、白い何かが向かって来るようだった。朧げに闇夜に浮かび上がるそれは、愛しい者の形を成していく。
 幸村の唇が震えた。

「三成殿…」

 黄泉の国に行ったはずの恋人は、淡く優しげな笑みを浮かべて目の前に立っていた。
 腕を引かれ、そっと抱き締められる。その腕は氷のように冷たかった。でも、触れている。
 幸村は瞼を綴じて、その腕を三成の背中に回した。







「…きむら…幸村っ!」
「…はっ…すみません!」

 しまった、というように罰の悪い顔をして、急いで幸村は居住まいを正した。

「寝不足なのか?」   

 珍しく集中していない幸村を心配して兼続が声をかける。

「はい…ちょっと眠れなくて」
 でも大丈夫ですよ、と幸村は笑った。しかし兼続には無理をして笑っているように見えた。
 幸村の目許にはくっきりと隈ができていた。
 最近幸村は少し痩せた気がする。ときおりふらついたりもしている。何か悪い予感がした。
 兼続は、再び書簡に向き直った幸村を見た。

「幸村、今日は上田城に留まるよ」
「そうですか!では部屋の方を用意させますね」
「ああ、すまないね」

 失ってたまるものか。兼続は胸の中でその思いを反芻した。

 幸村が言わないのなら…見張るしかない。






 その夜は静けさに満ちていた。
 亥の刻を過ぎるころ、兼続は宛てがわれた部屋を抜け出した。
 あえて隠しているだろう幸村の秘密を盗み見るのは、兼続としても気が引けた。それは不義ではないかと思ったりもした。だからといって、やつれていく幸村を、もう見ていられなかったのだ。
 これも幸村のため、間違ったことをしているなら諌めるのが友というものだ。兼続はそう言い聞かせて、忍び足で明かりなき上田城の廊下を進んで行った。
 恐ろしいほどの静けさだった。
 細心の注意を払って移
動しているはずなのに、衣擦れの音がはっきりと聞こえるほどに。幸村の部屋に近付くほど、闇が濃くなっていくような気がした。
 なんとか幸村の部屋までたどり着くと、兼続は近くの柱の陰に身を潜めた。
 肌に纏わり付く沈黙に、息が詰まりそうだった。
 杞憂であればいいのに、と兼続は何度も思って待っていた。





 やがて、子の刻を向かえるころ、その沈黙を破って、幸村の部屋の襖が開いた。 兼続は、するりと中から出てきた人影に神経を向ける。じわりと手のひらに汗がにじんだ。
 ゆっくりと、場に変化が生じていく。だんだんと肌寒くなってきたのだ。背筋を悪寒が通り抜けた。
 特に濃い廊下の闇の端から、何か、白いものが現れる。
 兼続は、表情を堅くし、いざという時のために持ってきた除霊札を懐から取り出した。
 それは、ゆるゆるとこちらに向かって動き出した。裸足で歩いてくるような、不気味な足音がする。

 ひた…ひた…

 悪霊だ。
 兼続は身構えた。
 幸村の元に到達するまでに、倒さなければ。
 だが、兼続は、それが人の形を成していくのを見て、絶句した。
 あっさりと、硬直した兼続の横を、友の姿をしたものは通り抜けて行く。
 はっと気が付いて、あわてて振り返れば、二人の抱き合う姿が見えた。
 幸村の閉じていた瞼が開かれ、幸村と三成は見つめ合う。
 ぐいと三成が幸村を引き寄せる。二人の唇が重なった。
 長い長い口付けだった。切なげに視線が絡む。この刹那を永遠にでも引き伸ばさんとするかのように、二人は互いを求め合っていた。
 重なっていた顔が離れた。はあっと艶めかしい吐息が響く。

「三成殿…」

 幸村が、低く掠れた声で、ぽつりと呟いた。
 三成は何も言わない。彼は優しげに笑っていた。
 三成の左手が幸村を押した。促されるままに、幸村は部屋に戻って行く。三成も、それに続く。
 ふっと一瞬だけ、三成と兼続の視線が交錯する。彼の口角が吊り上がる。三成は暗い狂気をありありと滲ませた鋭い瞳で兼続を射貫いた。
 兼続はしばらくの間縫い止められたように動けなかった。


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