家に入ると、真っ暗だった。
明かりをつけて部屋に入る。 あまり広くない居間の隅が光っていた。 居間の電気もつけて、光源へと向かう。ついでに落ちていた新聞紙を装備。 共用のパソコンの前に突っ伏して、ぐーすか眠りこけている男に、俺は手を振り下ろした。 「パソコンやるときはちゃんと部屋の明かりつけてやれって言ったでしょーが!」 スパーンッ 「痛ぇ!」 小気味よい音が響いた。 その男――政宗は痛みをこらえて頭をおさえると、俺の方を睨んだ。 安眠を妨害されたからか、不機嫌だ。彼の鋭い左目は吊り上がって刃物の様に光る。 「何しやがる!」 普通の人間なら竦み上がってしまうような威圧感。だが俺には効かない。 俺も怒っているからね。 俺もいつになくきつく睨みつけた。政宗は少し後ずさる。 「俺様はお前のためを思って言ってるんだよ?あんたのその左目も悪くなったらシャレになんないでしょ?それからパソコンの電気つけっ放しなのもやめてよね、電気代意外とかかるんだよ。それから」 「っだーっ!!」 政宗がおもむろに叫ぶ。 「お前は俺のおかんか!」 「何いってんのさ」 「おせっかいだってことだよ、you see!?」 ぶちっと優しい俺様の堪忍袋の限界を越えた音がした。 「だったら自分一人で生活できるって証明してみなさいよ!」 無理だと思う。一緒に暮らしはじめて一カ月。このかた、俺は政宗がちゃんとした生活をしているのを一回も見ていない。 昨日は俺が作っておいた食事をそのまま放置して腐らせるし、一昨日は冷房つけっ放しで寝てた。俺が大事に隠しといたおやつを食ったのもきっとこいつ。 家からは全然出ないでパソコンばっかりやってる。こいつは所謂ニートだ。 本当どうしようもない奴。俺がいないと何もできないくせに。 「はあ?なんでそうなる」 「できないの?ならいいけどねー」 なるべく嫌みっぽく言う。プライドだけは 山より高いこいつのことだ、絶対引っ掛かるに決まってる。 「…HA!やってやろーじゃねーか!」 案の定、引っ掛かった。 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて政宗が言った。 俺の方も自信たっぷりに見返す。 「それじゃあ、明日一日、家事全部自分でやってみなさいよ!」 そして、今日、大学からの帰り道。 今朝は本当になにもやらなかった。洗濯もしてないし、ご飯も自分の分だけ。掃除もしてない。皿もそのまま流しに置きっ放しだ。 なんていうか、すごく楽だったんだけど。 とても不安である。例えば掃除機壊してないかとか、包丁で手切ったりしてないかとか。 死んでないといいなあとか思いながらドアを開く。 漂う美味しそうな香り。 「え?」 「ようおかえり」 エプロン姿の政宗が顔を出す。 「今から飯だ。食うか?」 頷いて手伝おうとすると制された。どうやら見てろということらしい。 席に着く。政宗が運んで来た料理を見て、俺は目を見張った。 何だこれ。プロ並じゃねーか!!相当腕はいい方の俺と互角くらいだ。 「美味いか?」 頷くしかない。 部屋の中を見渡してみる。掃除…完璧。洗濯物はちゃんと外に干してある。洗い物もたまっていない。 くやしい。完璧だ。 「どうだ、認めたか?」 にやにやしながら政宗が近よってくる。 「まあ、ここまでお前ができるとは思ってなかった。」 不本意ながらも言う。政宗はにやりと満足げに頷いた。 「俺は天才だからな、そこらの何もできねえNEETどもとは一味違う。SUPERなNEETなんだよ!」 何それ。俺は思わず笑ってしまった。 っていうか自分で天才とかスーパーとかいうかフツー。でもなんだか政宗だから、とか思うと納得できてしまうから不思議だ。 こいつは確かに天才なのかもな。 しかし、腑に落ちない点がある。 「だけどさ、なんで自分でやんないんだよ。」 こんだけできるなら、なぜ俺にガミガミどなられるような自堕落な生活を送るのか。 「別にそんなことどうでもいいじゃねえか」 彼の目線は微妙に外されていた。 「よくないの!お前が今までみたいな生活を送ってたら、苦労すんの俺なんだから」 本音だ。それから、政宗のキレの無い態度。追い詰めてみたい。 「なんで?」 「どうでもいいだろ」 「まさかさ、かまってほしいからとか?」 政宗は視線をそらして押し黙った。心なしか頬が赤い。 あれ、まさか図星? 「…that's light」 「え?」 「そうだっつったんだよ!」 うわ、かわいい。 政宗の投下した爆弾に思わず顔がにやけてしまう。 「なににやけてんだよ!」 そんなこと言っても、逆効果だよ、政宗。 頼られるのって悪くない。 いつもならイライラするこいつの生活も、なんだか許せる気がしてしまった。 一週間後。 「政宗っ!お前パソコンやり過ぎ!早く寝なさいよ!」 「Ahーうるせーな分かったよ!」 前言撤回。 やっぱこいつダメだ。早くどうにかしないと! |