こっそり夜に抜け出して大川に向かったのは、自分のささやかな矜持のためだった。少しばかり年上だからって、餓鬼をからかうみたいに軽くあしらわれるのはこりごりだ。挑発されたのは分かっているが、それでも証明したかった。
 もう俺は子供じゃない!
懐の中の銭が、走る度に細かい金属音を響かせる。それが期待と不安を掻き立てる。暗闇に浮かぶ明かりが照らす都は、昼とは別の世界だった。
 大川のほとりは、闇にのまれていた。船饅頭の縄張りだという川辺の小さな古木場の近くまで近寄り、三郎次は立ち止まる。闇の中にさらさらと流れる水音に混じって声がして、三郎次は土手の茂みに思わずさっと隠れた。
 丁度古木場に舟が止まるところであった。葦の間から三郎次はそっと伺う。手ぬぐいを被った女が一人、それから男が二人。一人は客なのだろう、船頭であろうもう一人の男に何かを言うと、そのまま去っていった。
 二人は少しだけ言葉を交わすと船頭は女を残して繁華街の灯火の方へと歩み去った。こうなると暫く客を取らないだろう、女は緩慢に船の中に座り込んだ。
 三郎次はほうっと息を吐き出した。咄嗟に隠れてしまったものの、客になるためにやってきたのだ。立ち上がろうとして、しかし三郎次はその場から動けなくなってしまった。
 白い手ぬぐいが解かれる。その中からこぼれ落ちた髪の色は、暗闇でも仄かに赤い。頭を振るたび、上げていた髪がさらさらと揺れ、落ちる。
 その次に女が手をかけたのは腰帯で、三郎次は何が起きるか想像がついてしまって頬を薄赤く染めた。だがその場から離れようと手足を動かせば、確実に気付かれる。いけない、とは思いながらも目が話せなくて、次第に速くなる鼓動を押さえ付けながら、息を殺す。
 

「何見てんだよ」

 心臓が大きく跳ねた。ばれていた、いつから?朱い髪を揺らし、女が振り返る。その顔立ちが予想していたより遥かに幼くて、三郎次は息を呑んだ。艶やかな遊女というより寧ろ可憐な少女の出で立ちだ。左右に跳ねた特徴的な前髪、釣り上がった意志の強い目で硬直して二の句が告げぬ三郎次を一瞥すると、少女は鼻を鳴らして言い放つ。

「なんだ、餓鬼か」

「…っなんだと!」

「ここはお前が来るようなところじゃねえ、夜鷹に喰われちまうよ」

 かっとなった三郎次は思わず食ってかかる。勢いよく立ち上がれば、芦原がざわっと揺れる。船中にくつろぐ少女を三郎次はきっと睨みつけた。
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