「龍美、すまない」

 微かな謝罪の声に反射的に振り向こうとした瞬間、兄の体から発せられた無数の鎖の奔流に体を飲み込まれた。何がなんだかわからないうちに、蜘蛛の巣状に広がる網の中に、縛り付けられている。

「おい…どういうことだよ」 

 兄は…笑っていた。
 かっと全身が沸騰する。体を支配する怒りのままに、力任せに腕を無茶苦茶に振り回す。だが、複雑に絡んだ鎖の束はびくともしない。絡み付く負の感情は吐き気がするほどねっとりと濃く深く、びっくりするほどの執念深さで俺を縛り付ける。

「悠美!放せ!くそっ!」

がしゃがしゃという鎖の音と俺の咆哮が煩く響く。
 暴れる俺に、兄は少し息を吐くと、ゆっくりと手を伸ばす。それが頭に触れた瞬間、形容しがたい激しい痛みが全身を突き抜けた。

「ぐ、ぁあああああッ!!」

 かっかと真っ赤に焼けた石に、冷え切った水をぶっかけたときの変化に似ている。有頂天から一気に引きずり下ろされた体が衝撃に軋み、悲鳴を上げる。無理矢理押さえ付けられて行き場のない感情の奔流がぐるくると全身を行き交う。

「はぁ…ぐぅっ…」

「ふふ、落ち着いたか?」

 手の平が離される頃には、もう抗う力は残っていなかった。だらりと体が弛緩する。だが、朦朧とする意識の片隅に残った僅かな力を振り絞って、瞼を開いた。
 薄闇に浮かび上がる黒玉は、爛々と光っている。普段の兄の姿から掛け離れた、狂喜にぬれた怪物がそこにいる。
 再び伸ばされた手の平は、愛しげに頬をなぞる。

「ずっとこうしたかった、龍美」

「…変態が!」

「なんとでも言えばいいよ。でも龍美、お前にもわかるだろう?陰と陽、女と男、相反する二つ…」

 ぐいっと顎を持ち上げられる。恍惚とした視線が交わって、背筋をぞわりとした感覚がはい上がる。それは本能が感じる恐れに近かった。目が、逸らせない。
 いま、俺は無力だった。生まれた瞬間から分かたれた、魂の片割れ。どうしたって届かない欠けた部分を渇望するあまり、兄は禁忌を犯そうとしている。

「――俺は、お前を支配したい」

焦れて掠れたその一言ののち、食らい付くすような激しさで、兄は俺に口づけた。





友人のほしゆりちゃんのために書いたもの。
キャラクターも彼女のオリジナルです。
龍美があまりにも好みすぎてつい(^q^)

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