またか。
 目の前にぽっかり空いた穴と、それをさらに掘り広げていく男の背中。

「小平太、お前なあ!掘った穴を片付けんの誰だと思ってんだ!」

 怒鳴り声に反応して、奴は顔をこちらへ向ける。土にまみれた顔を太陽のごとく輝かせて、留ちゃん、なんてうれしそうに俺の名前を呼ぶ。
 だ、だめだ。うっかりその眩しさで言葉に詰まるが、すぐに我に返る。再び怒気の籠った声で何度目か知れない注意をしようとしたところで、素早く伸びて来た腕が俺の手首を掴んだ。
 あ、と声を発する暇も無く、穴の中に引き込まれる。

「ちょっ何すんだ!」

 態勢を崩した俺は、穴の中で待ち構えていた小平太の腕の中に飛び込むような格好になる。受け止められて怪我はしなかったが、怒ってやろうと顔を上げた至近距離に小平太の顔があって、俺の心臓がおおきく撥ねた。

「あ、危ないだろうが!」
「ははは、すまんすまん!」

 からりと、なんでもないように笑う小平太に、言葉を流される。もう、いろいろとやるせない。はあ、と大きくため息をついて、ひとまず穴の中から脱出を図る。
 壁に手をついて出ようとしたところで、小平太の腕が背中に回されていたことに気づく。
 
「おい、放せ」
「やだ」

 ぎゅっと強く抱き締められて、どうしていいか分からなくなる。どうも相手の調子に乗せられっぱなしだ。
 暑い。男二人が狭い塹壕の中という状況事態が、考えるだに暑苦しい。それから、落ちたときのままの微妙な態勢でいるのはつらい。
 腕で小平太の胸板を押すが、びくともしない。くそ、このクソ力め。
 すん、と鼻を鳴らす音。

「あれ、留ちゃんなんかいい匂い」

 小平太はあろうことか俺の首筋に顔を埋めてくる。髪の感触がくすぐったい、と思っている場合じゃない。なにか非常に嫌な予感がして、俺は身じろぎする。

「ちょ、おま、何すんだよ」

 慌てて抵抗しだす俺に、完全に捕食態勢に入った小平太が笑いかける。ああ、 

「逃げられないよ」
 
 完全に手の内か。
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