最近人気のあのバンド。
ベースを弾いて歌うあの子は、俺の彼女。








“pure black”






「…つかれた」



ベースのケースを部屋の隅に置いて、そのままベッドに倒れ込んだ。


「コートくらい脱げば」
「脱がせて、京治」
「全部?」
「だめ。…シャワー、浴びなきゃ」


酷く疲れた様子なのに、その気がないわけでもないらしい。
すこし可笑しい。でも同時に、嬉しく思う。
こうして会うのは随分久しぶりだった。
都内のライブハウスでの公演、1日目。
数ヶ月に及んだ全国ツアーの、いよいよ明日が最終日だ。

仕方なくコートを脱がせて壁にかけてやる。
Tシャツにスキニー。一番見慣れた定番のスタイル。
名前はうつ伏せになったままで、顔だけをこちらに向けた。


「どうだった?今日」
「良かった、かなり」
「本当?」
「うん」


頷くと安心したように、ようやく笑った。
久しぶりに観たステージは以前にも増して完成度が高くて、
満員の観客も、驚くほどの盛り上がりを見せていた。
それでも、バンドが有名になって何年か経つのに、まだ慣れない。
さっきのステージの上、重低音を奏でながら叫ぶように歌っていたのが、
3000人の観客を熱狂させていたのが、今ここにいる俺の彼女だなんて。


「…どうかした?」
「いや。お疲れ」
「うん」

顔に落ちてきた長い髪を無造作に掻き揚げる。
短く切りそろえられた爪は、愛想のない黒。これも彼女の定番。


「あ。明日の打ち上げ、京治も来る?」
「俺?いやいいよ」
「なんかソウくんが、ちゃんと話してみたいって言ってたよ」
「へえ」
「格好いいねだって。ねえ、もしかしてあっちかな」
「…ないだろ」
「だってずっと彼女いないんだよ?すごくもてるのに」


ああ、本当に気付いてないんだな。
付き合いが長いからこそ、考えてもみないのかもしれない。


名前が言うところのソウくん。
攻撃的な目をした、ステージを降りれば物静かな、ギターボーカルの彼。
顔を合わせてすぐにわかった。あいつは名前のことが好きだ。

だからどうってわけじゃない。
伝える気はないみたいだったし、俺に対する敵意みたいなものも感じなかった。
それでも気にならないはずはなかった。
彼女を、彼女たちを応援しているのは本当だし、
二人の間にあるのはもっと別の信頼関係だって、わかっているのに。
俺よりメンバーの彼らと一緒にいる時間の方が長いこととか、
本音を言えば、有名になって人目に晒されることだって。



うとうとと、眠りそうになる彼女の耳元に唇を寄せる。


「ん、京治?」
「早くシャワー、浴びてきてよ」
「…っ。うん」


囁くと頬を赤くして、でも素直に頷いて起き上がる。


その服装も短い爪も、皮膚の硬い指先も、色気とは無縁なのに、
思いのほか余裕がないみたいだ。
なるべく早く寝かせてやらなきゃって、思うけど。



早く戻ってきて触れさせて。
俺だけのものだってちゃんと、わからせて。




fin.







(至ってシンプルな本質)









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