ちょっと意地悪するだけのつもりだった。
きっと怒るか泣くだろうと思った。

「…どうしてそんな顔するの」







“誘惑”





友達の彼女になってから全然相手にしてくれないし、
今日は特に素っ気なかったからちょっと苛々して、
いつも戯れに抱きついてみたりする延長で無理矢理キスをしてやった。
ふざけないでって振りほどくいつもの感じから想像していたのはきみの怒った姿で、
だからさすがに殴られるかもしれないとか、
もし泣いちゃったらやり過ぎだったなって反省しようとか思っていた。


「名前ちゃん、…怒らないの?」


もう一度声を掛けてみる。
後ろから抱き締めて振り仰がせた格好のまま、動けない。
引き結んだ唇は泣くのを我慢しているようで、
だけど潤んだ目や染まった頬は、まるでこうなることを期待していたみたい。
ねえどうしてそんな顔をするの?
答えないきみにそっと顔を近づけるけど、すこし目を逸らすだけ。
拒もうとはしないから、そのまま深く口づけた。




友達の彼女。

それもすごく大切な、子どもの頃からの友達にできた、彼女。
よりによってどうしてそれがきみだったんだろう。
どうして俺は、もっと早く気付けなかったんだろう。
女の子の好みが意外と似てるのは知っていたのに。



いつの間にか求め合うみたいにキスを交わしていて、
きみの腕は俺の首に巻き付いていて、
舌が絡み合ういやらしい音が、静かな部室に響いていた。


今すぐ誰かがドアを開けて、止めてくれればいいのに。
たまたま岩ちゃんがやってきて、俺を殴ってくれればいいのに。
そうしないともう止められそうにない。
だけどこんな中途半端な時間には誰も出入りしない。
部長として会議に出ていた俺と、時々マネージャーみたいに手伝いに来るきみ。



「名前」


岩ちゃんがするみたいに、きみの名前を呼び捨てにする。
驚いて目を見開いた後で、切なげにもう一度目を伏せるから、
俺はもう確信めいた気持ちになって。


「俺が欲しいの?」


黙ったままのきみの首筋に舌を這わせると、酷く甘い声が漏れた。
その声も、その表情も、もう答えみたいなものだけど。

「言ってよ」
「…だめ、だよ」
「そうだね。やめとこうか」
「…」


泣きそうな顔、すごく可愛い。
だけど、まだ許してあげない。俺だけが悪者になるつもりはないから。


「欲しいって、言いなよ」
「…、ほしい」
「なに?」
「…っ。及川くんが、ほしい、よ」
「そっか」

涙が零れ落ちた目元に優しくキスをする。



「悪い子だね」




言ったのはきみだから。こうなったのはきみのせいだよ。
だから、彼氏には内緒にして。あいつの友達をやめたくないんだ。


卑怯だって最低だってわかってるよ。
だけど本当はずっと、こうしたかったから。
あんな顔するなんて、
あんな声で求めるなんて、
俺にはとても堪え難い、誘惑。




fin.






(あんなキス、誘惑だよ)










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