“scent”
「おかえり、研磨」
「ただいま」
部屋に帰ると、いつものように恋人が出迎えてくれる。
いつもの笑顔で、いつものように料理の手を止めて。
だけどおいしそうな料理の匂いに紛れて、いつもと違う香りがした。
「ごはん、もうすぐできるよ」
「うん。いい匂い」
キッチンに立つ名前の後ろへ行って、鍋の一つを覗きこむ。
きれいに面取りをした大根がことことと煮えている。
「おいしそう」
「でしょ?今日は上手にできたの」
「いつも上手だよ」
「ふふ」
後ろからそっと抱き締める。細い首筋からは、ごく僅かに香水の匂い。
「研磨?どうかしたの」
振りかえった名前の唇をキスで塞ぐ。
驚いて離れようとする彼女を、そのまま強く抱き締めた。
何も言って欲しくなかった。
嘘は聞きたくなかったし、
本当のことはもっと聞きたくなかった。
こうしなければ、どうしたって尋ねてしまいそうだった。
きみの首筋から、男物の香水の匂いがするわけを。
fin.
(どうして気付いてしまうんだろう)
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