「名前ちゃーん!名前ちゃん!」
さわやかな笑顔でこちらに駆け寄ってくるのは、
みんなのアイドル、及川徹。
“追いかけっこの終息”
「及川先輩。どうしたんですか?」
にっこり笑って呼びかけに応じる。
わたしはまさに靴を履き替えて下校しようってところ。
下駄箱からローファーを出しながら。上履きを脱ぎながら。
及川さんは、まるで打ちのめされたみたいな顔。
「ひっひどいよね…!俺3階からずっと呼んでるよね?名前ちゃん気付いてたよね?」
うん、気付いてた。
すごい追ってきてたから急いできちゃった。言わないけど。
「えーっごめんなさい!気が付かなかった」
「いや気付いてるでしょ〜絶対!何度もおっきい声で呼んだよ〜!?」
「先輩のファンの方たち、にぎやかだから」
ローファーに足を入れて、とんとんとなじませながら。
上履きを下駄箱に仕舞いながら。
「うそだあ〜!今だって帰る用意するのやめてくれないし」
全然相手にしてくれない、なんて、唇を尖らせたりして。
あーかわいい。けど構ってらんない。
「じゃあ先輩、わたし帰りますので、またあした」
ぱっと距離を取りながら言って、よっし逃げ切ったーと思うけど。
彼は長いうでを伸ばして、わたしの手首をつかまえた。
おおきな手。
バレー部の及川さんの、これが掌。
「話も聞かずに帰るなんてー」
相変わらずのにっこりだけど、あれちょっと、怒った?
「あ、ご用だったんですね。何ですか?」
「部活見に来ない?」
「…行きません」
「どうして?」
「先輩こそ。ギャラリーは足りてるでしょ」
「その先輩っていうのやめてよ」
及川さんは、わたしを追いかけるのが好きなだけ。
わたしが逃げるから追ってくるだけ。
「及川先輩?」
「ちがうー」
「じゃあ、及川さん」
「…聞き分けのない子だねー」
困ったように笑ってみせて。
それから。
掴まれてた手首と、それから腰に、強い力。
「名前ちゃん、そろそろ俺のものになりなよ」
至近距離で見つめながら言われて、やっと彼がわたしを引き寄せたんだって気付く。
抱きしめられるみたいな体勢。
わたしはかなり上を向くことになるけど、目を逸らせない。
逸らしたらわたしの負けなんじゃないかって思う。
「及川さん、わたしのこと好きなんですか?」
「…何度も言ってるでしょ。好きだよ」
どうしよ、逃げらんない。鋭い視線からも強い腕からも
及川さんは、わたしを追いかけるのが好きなだけ。
わたしが逃げるから追ってくるだけ。
だからわたしは、逃げ続けるしかないのに。
「…誰にでも言ってるんでしょ」
「ぜーんぜん。名前ちゃんだけ。今日こそ、逃がさないよ」
捕まえてしまったらもう、わたしに興味がなくなるんじゃないの?
ああ、だけど、
いつまで追いかけてくれるの。
どこまで追いかけてくれるの。
それすらも不安で。
もう本当は、
「ねえ、もう捕まってくれる?」
確信犯みたいに笑った彼に、
悔しいから噛み付くようなキスをした。
(もう本当は捕まえてほしかった)
fin.
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