及川とはずっと不毛な関係を続けている。
つまり体だけの関係ってことだけど。
でもその日はちょっとようすが違った。
“センチメンタル”
行為のあとのベッドで及川が私の顔を覗き込む。
「…なに」
「飛雄のとどっちがよかった?」
「その質問、趣味悪すぎ。最悪」
「そうかな」
影山飛雄はすこし前から付き合いだした私の彼氏だ。
及川の中学時代の後輩でもある。
こいつは少なからず思い入れのある後輩と私が付き合うことを、快く思っていない。
「それで、どうなの」
「…飛雄はまだ、これからじゃん」
及川はくすくすと笑った。
「部活ひとすじだったからね」
「及川だって。どうしてこんなふうになったの」
今だってバレー部の主将として活躍する及川は、実はかなりの努力家だ。
彼はさあね、とまた笑った。
「何かあったの」
「どうして?」
「…いつもと違うよ」
いつもはこんな風に弱々しく笑わない。
私を抱いているときに切なげな顔をしたりもしない。
あの獰猛な笑顔だって、今日は一度もなかった。
「やっぱ、渡したくなかったなあ」
もう何度目かになるその台詞は、今日は酷く重く響いて。
私は居心地の悪さにほんのすこし声を震わせた。
「…今だけだよ。そのうちきっと、どうでもよくなる」
いつも言うように、
そうかもねって、及川は言わなかった。
ただ黙って私の頬にふれた。
「…らしくないよ、及川」
「うん、そうだね」
たぶん、何かがあったのだろう。
彼の小さな劣等感が、今日はすこし存在感を増している。
及川とは長い付き合いだから、だいたいのことがわかる。
賢くて、能力があって自信家で、
けれど冷静さゆえに厳しい自己評価を下しがち。
だからいつも、誰に対しても、ちいさな劣等感を抱えてる。
飛雄に対しては特に。
だからきっとこの人は、飛雄のものになった私が惜しくなったのだ。
「…飛雄と別れてよ」
こんな血迷い事を言うくらいに。
「…考えとく」
今日くらいは乗ってあげる。
彼の一瞬のセンチメンタル。
fin.
(はたして一瞬かどうか)
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