部屋に入って、しいなは首を傾げた。初めてこの部屋を訪れたのはもう何年も前のことのはずだが、家具の配置は変わっていないように感じる。覚えている限りは、の話ではあるが。 デスク、ベッド、本棚…ソファ。 「どうしたよ?」 「ん…、なんか、懐かしいなって。一回しか来たことないけどね。もしかして、模様替えとかしてない…?」 6年も模様替えをしないということはありえないとは思う。しかし、ゼロスはにやりと笑った。 「してないぜ?」 「…なんで?」 少年が青年になる大きな変化のなかでも、家具の配置を変えたくないほどのこだわりがあったのだろうか。 「そりゃーもちろん、おまえが次に来たときに思い出してもらうためだ」 「…何を」 「…忘れた?」 ゼロスはしいなの手を引き、半開きだったドアを閉める。そのまましいなをソファに座らせて、自身はその前に片膝を着く。シチュエーションにしいなの顔が熱くなった。 覚えている。というか思い出した。 ミレーヌが亡くなった日、しいなはゼロスを胸に抱いた。あの、純粋に愛おしいと思う感情――。 「また、あのときみたいに抱きしめてくれるか?」 「ばっ…、そんなこと、出来るわけないじゃないか!」 「だろうな」 慌てるしいなに、ゼロスは呆気ないほどあっさりと諦めた。ははは、と笑って立ち上がったところで、ノックの音がした。 「お茶をお持ちしました」 「おー」 ゼロスは短く答えて、膝を軽く叩く。セバスチャンは既視感を覚えた。ソファに腰かけるしいなと、その前に立つ主の姿。彼もまた、6年前のことを思い出す。 ゼロスは執事の視線を受けた。それは懐かしむような、困ったような、咎めるようなものだった。ちいさく溜息をつき、ひらひら手を振る。――わかってるよ。心配すんな――そう告げるゼロスの仕種に、セバスチャンは頭を下げ、退出した。 今のやり取りの意味を見出だせず、しいなは首を傾げる。しかしゼロスは何も応えなかった。 「どーぞ」 芳香を放つ極上の紅茶。一口すすって、ほうっと息をつく。 「うまいか?」 「…うん」 「ココアのほうがよかったか?」 からかうような言葉に、また一つ昔を思い出す。元気なおばさんが入れてくれた、あったかいココア。ふたりで並んで飲んだっけ。 「…子供じゃあるまいし」 苦笑いするしいなを見、ゼロスも紅茶をすする。その口元は笑っていた。 「城には何の用事で?」 ふうっと湯気を吹いてゼロスは問う。しいなも同じように湯気を吹いた。 「陛下の命でね、ただの調査だよ」 「…今までも何回かあったのか? おまえがメルトキオに来てたのに、俺が気付かなかっただけか」 「あったはあったけど…、あたしが直接陛下から承るのは初めてかな?」 「なんでまた」 「うーん、あたしが適任者だったから…かな」 ゼロスはまた紅茶を一口すする。 「適任者?」 しいなも一口。 「うん、精霊の調査だから…」 そこまで言ってふと我に返る。 ゼロスは、しいなが咎人だということを知っているのだろうか。適任者――精霊召喚士の資格を持ったために犯すことになってしまった罪。 しいなの表情に陰りと怯えがさす。しかしゼロスはさらりと返した。 「なるほどな。そういやおまえがこないだ人工精霊との契約に成功したって調書にあった。さすが未来のミズホ頭領さまだな」 笑っていた。 「あんた…もしかして…」 「んー?」 昔から勘がよかった。今だって、何を聞こうとしたかなんて解っているはずだ。しいなは自分の鈍感さを恨んだ。 ゼロスは笑みを浮かべたまま、紅茶の香りを楽しんでいる。何も言わない。 |