恋、未満。




 たくさんのお菓子に囲まれて、パスカルはにんまりと笑った。
「さあて、何から食べようかな」
 本日の宿は大部屋、全員が同室。シェリアが少し嫌そうな顔をしていたが部屋がそれしか空いてないなら仕方ない。
 アスベルとマリクが早々に剣の稽古に出かけたのをいいことに、シェリアはソフィを連れて宿の厨房を借りている。パスカルはその試作品をもらい、部屋の床に拡げていた。
「…まったく。せめて床に座り込んでお菓子を食べるのはやめて頂けませんか」
「弟くんも食べる〜?」
 無邪気に笑うパスカルにヒューバートは溜息をつく。
「結構です」
 にべもない返事。これ以上注意しても意味がないと思ったのか、ヒューバートは机上の書類に向かい直す。パスカルは気にも留めず、がさがさぱりぱりむしゃむしゃとお菓子を食べ始めた。
 バレンタインデーくらい、ヒューバートも知っている。小さい頃にシェリアから義理チョコを貰ったこともあるし、その他にも何度か、まあ、いろいろとあった。シェリアはソフィを連れて、チョコレート制作に励んでおり、パスカルはそのおこぼれに与っている。

「ふう…」
 一段落してヒューバートは息を吐く。
「終わり〜?」
「まだ食べていたんですか、あなたは…」
 呆れた顔も何のその、パスカルはチョコレートのひとつを差し出した。
「疲れた脳に甘いものをどーぞ!」
「…いりません」
「えー」
 ヒューバートはたいしてずれてもいない眼鏡を直す。
「というか、普通、バレンタインデーは女性が男性にチョコレートをプレゼントするのではないですか? 完全に食べる側に回っているようですが…」
「だから、はい」
「いらないと言ってるでしょう。シェリア達が兄さんにと作った試作品をぼくが食べるのは気が引けます。それに、ついでというか投げやりに渡そうとしないでください」
 パスカルは眉間にシワを寄せ、えーっと非難の声をあげた。それから顎に手を当て、考え込む。自分の鞄を引っ張り出し、中を漁り始めた。
「…なにをしているんですか?」
「ちょっと待っててね」
「…散らかすのはやめて下さいよ」
「ん〜…、あ、あったあった! はい、じゃあこれ」
 勢いよく差し出された、チョコレート。
「…は?」
「弟くんにあげる」
 確かにシェリアが作ったものではない。ごく普通の、市販のものだった。ヒューバートはそれを受け取り、まじまじと見つめる。
「ぼくのために用意していた…というわけでは、ないですよね?」
「うん、自分のおやつ用だよ」
「…あなたに期待するほうが間違っていますね」
 嘆息したヒューバートに、パスカルはまぶたをしばたたく。
「期待してた〜?」
 ヒューバートはパスカルを見、あっと声を上げた。
「ちが…、違います! 今のは言葉のあやで…」
「いやあしょーがないなー。おいしいんだよ、それ。弟くんには特別にあげるよ」
 屈託なく笑う。深い意味はなかったのだろうが、流れとはいえパスカルがチョコレートを渡したのが自分ひとりだということが、なんとなくこそばゆい。
「お返しは期待してるからね〜?」
「…もらってしまったのだから仕方ありませんね。ちゃんとお返しは考えておきます」
 いたずらっぽく上目遣いに笑うパスカルの視線から目をそらし、ヒューバートは上擦った声で答えた。



 END.


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