最近、メルディの様子がおかしい。キールは溜息をついた。 よく宿屋の厨房を借りて、何かを作っているようだった。大きな物音に駆け付けようとしても、見張りなのかなんなのか、クィッキーに門前払いされてしまう。中からファラやチャットの声が聞こえてきたりする。 ファラとこそこそ内緒話をしたときからだ。 リッドを問い詰めてもニヤニヤするだけで答えらしい答えは何も得られず、フォッグも知っているようだがまず会話が成り立たない。 ぼくだけが知らないのが、気に食わない――。 キールのイライラが募ってきた頃、メルディがニコニコしながら話しかけてきた。 「なあなあ、キール」 「…なんだ」 ムスッとしたまま、ぶっきらぼうに、読んでいた本から顔も上げずに応える。 「あのな、今日は何の日か、知ってるか?」 問われて、キールは頭を回転させたが、改めて問われるような何かがあったのか、特には思い浮かばない。 「…いや」 短い答えに、メルディは「んふふっ」と満面の笑みを浮かべた。 「じゃーんっ!」 キールはそこでやっと顔を上げた。 差し出された桃色のプレゼント・ボックス。眉を寄せて訝しそうに見た。 「これは?」 「プレゼント!」 全くもって意味がわからない。キールの誕生日は、もちろん違う。プレゼントを貰う理由は解らなかった。 「また唐突だな…」 「開けて! な!?」 言われるままに受け取り、開けた。 「これは…」 大きなハートのチョコレートに、ホワイトチョコレートで字が書いてある。拙い文字だった。 FOR KEEL FROM MEREDY ますますもって意味がわからない。 「…何のつもりだ?」 「あのな、キールにインフェリアンの文字…「おーこく語」? 教えてもらったから、メルディ、頑張って書いてみた!」 キールは眉間を軽く押さえた。 「教わったことを実践するのはいいことだ。だがぼくが聞いたのはそうじゃない。そもそも、何のプレゼントなんだ」 メルディはきょとん、と大きな目を瞬きさせてから、あはは、と頭を掻いた。 「今日はな、バレンタインデー、いうよ。女の子から好きな人にチョコレートを送る日な。ファラが言ってた」 なるほどな、と言いかけてキールはうろたえた。今、とんでもないことを聞かされたような…。 その様子に、メルディが首を傾げる。 「どうしたか?」 「どうしたも…おまえ、今、好きな人って…」 「うん。メルディ、キールがこと大好きな!」 げほげほとむせ返るキールをニコニコと見つめている。そして胸に手を当てた。 「メルディな、キールのこと考えると、この辺りがほかほかあったかくなるな。リッドやファラも、チャットもフォッグもクィッキーも、みんなみんな大好きな!」 みんなと同列なのかそうでないのかがイマイチはっきりしない。 「な、キール、食べてな!」 期待の目。キールは端を割り、かけらを食べてみた。 「…まあまあだな」 照れ隠し。本当はとてもおいしかった。味もそうだが、サプライズにしてくれたことや、何度か試作を繰り返していたこと、メルニクス語が堪能なキールに対して王国語で書いてくれた気遣いの全てが嬉しい。 「ワイール! キールに褒めてもらったよ!」 「まあまあだ、まあまあ!」 それでも嬉しそうに、メルディはにっこり笑う。 「はいな。キールの「まあまあ」は、「すごくおいしい」だな?」 短くはない旅の中で見抜かれた性格。キールはさっと頬を赤らめた。 「…ふん、まあいいさ。とりあえず…ありがとう」 「どーいたしまして、な」 なんだかんだ言いながらもチョコレートを食べるキールを、メルディは最後まで見つめていた。 もともと体の強くないキールが鼻血を出したのは、また別のお話。 END. |