しまった、先を越されたわね。ルーティの呟きをスタンは聞いてはいなかった。 「何か言ったか?」 「…何でもないわよ」 苛立つルーティにスタンは首を傾げる。 「何でもない声じゃないぞ」 ルーティは唇を尖らせた。スタンは既にチョコレートを食べていたからだった。 「…それ、フィリアから?」 「よくわかったな。今日はバレンタインデーって言って、女の人が男の人にチョコレートをプレゼントする日なんだって?」 好きな、が抜けている。奥手なフィリアらしい教え方だ。 「…知ってるわよ」 しかしバレンタインデーを知らなかったのか。さすが田舎者。 「…もしかしてルーティも?」 こういうときに限って勘の働く男である。フィリアのチョコレートを頬張った口でよく言うわ…飲み込んで溜息をついた。 「…そうよ。あげるわ。残したら承知しないからね」 「ありがとう、ルーティ」 屈託のない笑顔に、心がちくりと痛む。 フィリアからのチョコレートを食べ終え、すぐに次に移る。 「あんたね…、そんなに急いで食べなくてもいいわよ」 「いいだろ、食べたいんだから」 「鼻血出すわよ」 言った途端。 ぽたり。 「あ」 「あっ」 鼻から赤いものがとめどなく…。スタンはチョコレートを一度置いてから、慌てて止めようと鼻を摘んで上を向く。 「上は向かないほうがいいわよ、血が喉に流れると気分悪くなるわ。バカじゃないの。だから言ったのに。ああ、首の後ろ叩いちゃダメよ、余計出るわよ。待ってなさい、今ハンカチを出すから!」 嫌味を言いながらもテキパキとスタンに指示する。スタンは言われるがまま、されるがままになっていた。 「鼻のね、ここを摘むといいのよ」 ハンカチを当てながら鼻筋をきゅっと触ったルーティに、スタンはふっと笑った。 「なんか、ルーティはいいお母さんになりそうだな」 「はあっ!? な、何よ突然!!」 「面倒見良さそうじゃないか」 ルーティは押し黙った。孤児院で子供たちの世話をしていた手前、否定は出来なかった。 「肝っ玉母ちゃんだよな」 にしし、と歯を見せて笑う。悪意が全くないだけにタチが悪い。 なんだか毒気を抜かれてしまった。チョコレートの渡す順番ひとつでやきもきしていた自分がバカらしい。 恋は焦らず。 鼻を押さえながらもチョコレートを食べることを止めないスタンに、ルーティは「懲りなさいよ」と笑いかけた。 END. |