ケンカ、ときどき素直。




 喧嘩したのは昨日の話だった。ミントとともにチョコレートを作っていたアーチェを、チェスターがからかったのだった。

「おまえの作ったチョコレートなんて誰が食うんだよ。ああ怖い怖い」
「あんたみたいに誰からももらえないほうが、よっぽど可哀相じゃん」
「可哀相なのはおまえからもらうやつだろ!?」
「うっさいわよ! 普段はアレかもしんないけど、お菓子作りは得意なのよ!」
「どんな劇物だよ!」
「なんですって!?」

 クレスとミントがすぐに止めに入ったからよかったものの、チェスターもアーチェも、それぞれ腹の虫はおさまらなかった。
 ちなみにクラースは「痴話喧嘩か。若いっていいねえ」と火に油を注ぐようなことだけを言って傍観しており、すずは黙って成り行きを見ていただけだった。

 だが、いつまでも腹を立てていたわけではない。
 チェスターはミントからアーチェのお菓子作りは本当にうまいのだ、料理がまずいと言われたことを実は気にしていると教えられた。
 アーチェはクレスから今までは亡き妹アミィからもらっていたんだよと聞いた。
 お互いに反省はしたものの、素直になれないまま日を明かしたのだった。



「…チェスター」
「…なんだよ」
 膨れっ面のアーチェがチェスターに歩み寄る。ついそれに怒りを含んだ声を返してしまった。
「どうせあんた、誰からももらえないんでしょ。やるわよ」
 えっと声を上げてチェスターは体を引いた。ぐいっと突き出された白いハンカチ包みを見る。
「…おまえこそ、やる相手がいないんだろ。もらってやるよ」
 気を取り直して、チェスターも手を差し出した。その上に、アーチェはそっとチョコレートを置く。
 それを身に引き寄せて、おもむろにハンカチを開いた。
 驚いた。そこにあったものは確かにプロ顔負けの美しいチョコレートクッキーの数々だった。少なくとも、見た目は。
 チョコレートが練り込まれたもの、チョコレートチップの交ざったもの、クッキーを器にチョコレートが固められたもの。
 その中のひとつを取り出し、恐る恐る口に入れる。アーチェはそれをじっと見ていた。怒りの表情の中に、わずかに不安が見て取れるような複雑な顔をしていた。
「…うまい」
「…だから言ったじゃん。デザート類は得意なんだから」
 何となくふてくされたような顔。
「…悪かったよ」
「え…?」
「昨日、悪かったな」
 何のことを言ったのかはすぐにわかった。
「…素直じゃん」
「ミントに聞いたんだよ。おまえがそんなに気にしてるなんて知らなかった」
 視線を合わせず、やはりむくれたようなチェスターに、アーチェは頭を下げた。
「あたしも、ごめん」
「おまえこそ素直だな」
 ちらりと見やる。アーチェはまだ頭を下げたままだった。
「あたしもクレスから聞いたの。アミィちゃんのこと」
 本当に申し訳なさそうな態度に、チェスターはいったん口を開き、しかしすぐに閉じた。そして溜息をつく。
「…別におまえが気に病むことじゃないぜ。ま、今回は痛み分けだ」
 重い空気を払うようにおどけたチェスターの気持ちを汲み取り、アーチェはふっと笑った。

「アミィちゃんのチョコはおいしかった?」
「当たり前だ。おまえのよりは何十倍もな。あいつはお菓子だけしゃなくて、ちゃんと料理もうまいんだぞ」
「うるさいよ。あたしだってねえ、ちょっと練習すればすぐにうまくなるわよ」
「ちょっと? 相当の間違いだろ」
「はあ? 見てなさいよ、いつかあんたをうならせるようなおいしい料理を作ってやるんだから!」
「腹を壊してうなされる、の間違いじゃないのか?」
「なんですって!?」
「なんだよ!!」

 結局はいつもの流れ。慌ててクレスとミントが止めに入るまで、ふたりの喧嘩は続いたのだった。



 END.


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