ひとつ、息を吐いた。 震える手を軽く握り、ドアの前にかざす。 ノックが2回。 返事が聞こえた。少し時間を置いて、ドアが開く。 「…ティア?」 「あ、ルーク…」 まっすぐに見つめられてティアは思わず俯いた。 「何か用?」 「え、ええ…」 「部屋入るか?」 あくまでも無邪気なルークに、ティアは再び俯く。深い意味はないのだろうが、つい赤面してしまった。しかしこのまま通路にいて誰かの目に留まるのも嫌である。 「…じゃあ、お邪魔するわね」 そう言って足を踏み入れた。 「で、何の用?」 問われてティアはためらった。テーブルに置かれた、可愛らしい小包がふたつ。 「それは…?」 「ああ、ナタリアとアニスからもらった。バレンタインデーだから、義理チョコだって」 ルークは苦笑いしている。胸の中がもやもやしたが、そうならば自分も渡しやすいとティアは巧みに隠し持っていたものを取り出した。 「はい、私からも」 「…え」 手の平に収まるくらいの、小さな包み。 「…俺に?」 まじまじと見つめられてティアは視線をそらす。 「そうよ」 「…あ、ありがとう」 ルークが照れたように見える…のは気のせいだろうか。 「開けてみていいかな」 「ええ、いいわよ」 ルークはベッドに腰を下ろし、膝の上に包みを置く。不器用だが丁寧に開けた。 銀紙に包まれた小さなハート型のチョコレートが数個。 「…食べてみていいか?」 いちいち聞かないでほしい。目の前で開けられたことすら恥ずかしいのだから。 「でも、先にナタリアやアニスから受けとったんでしょう?」 そのふたつは開封されてもいない。所在なげにテーブルに置かれたままだ。 「あー…。ナタリアはほら、ああだし、アニスのは開けるのが怖い」 ナタリアの料理が壊滅的なのはティアも知っている。だが、アニスはそうではないはずだ。 「どうして?」 「アニスがジェイドと一緒に作ってるの見ちゃったんだよな」 苦笑い。ティアも苦笑いした。何が入っているか解らないだけでなく、箱にすら小細工が仕込まれている可能性もある。 だとしても、そんな消去法で選ばれたというのも、なんだか切ない。そう思っていたら、ルークが笑った。 「それにさ、ティアが作ったチョコ、早く食べてみたいし」 いつもの無邪気さとは違う、と感じた。なんとなくではあるが。 「…どうぞ、食べて。そのために作ったんだし」 待ってましたとばかりに銀紙からチョコを取り出し、形もろくに見ず頬張る。こういう姿は、やはり子供だな、とティアは微笑んだ。 「ん、うまい。さすがティアだな」 「ありがとう」 「でも少ない」 「…しょうがないでしょ。材料もなかったし、今日に間に合うように焦って作ったんだから」 溜息をつくティアに、ルークは照れて頭を掻いた。 「そっか、焦って作ってくれたんだ…」 その呟きにティアは弁解しようとしたが、うまく言葉が出て来ない。お互い何も言えないまま、もどかしい空気が流れる。 沈黙が破られたのは、ルークが最後のひとつを口にしてからだった。 「…また作るわよ」 ぽつりと零れた声に、ルークは瞳を輝かせた。 「…ああ、また作ってくれよ! ありがとうな!!」 やっぱり子供だ。ティアは思わず笑ってしまった。 消去法でもなんでもいい。少しだけでも特別をもらえたことが、ただ、嬉しかった。 END. |