「エーミルっ!」 「うわっ、マ、マルタ!?」 いつもの光景だった。後ろから驚かされたエミルが尻餅を着き、後ろに手を隠すマルタを見上げた。 「うふふ、びっくりした?」 「び、びっくりしたよ…。な、何?」 問われて、マルタはにっこりと笑った。 「今日はね、女の子から好きな男の子にチョコレートを送る日なんだって」 「? う、うん…?」 何をいわんとしているのか解らずにエミルが首を傾げる。もう一度笑って、マルタは隠していた手を前に出した。 「はい、これ」 受け取り、まじまじとそれを見る。赤いリボンと桃色の包み紙。 「…なに、これ」 「もう! 私からエミルにプレゼント!」 口調は怒っているが、顔は照れたように笑っていた。 「開けてみて」 言われたままに開ける。包装紙の中にあったのは薄く大きな白い箱。蓋を持ち上げた。 「…これは…」 少しいびつだが、まごうことなくハートの形をしたチョコレートだった。しかもかなり大きい。 「えっと…」 女の子が好きな男の子にチョコレートを送る。そう言ったのはマルタだった。エミルの頬が赤く染まる。 「――私が作ったの。食べてくれると、嬉しいんだけど…」 尻餅を着いたままのエミルの前に、マルタは膝を着く。 「え、こ、これ、マルタが…?」 軽く体を引いたエミルにマルタが頬を膨らませる。 「ちゃんと味見したから大丈夫!」 「う、うん」 なんだか、勿体ないような気もするけど…。ぱきり、と音を立てて端を小さく割り、口に運ぶ。 「…おいしい」 「やったあ!」 「ホントおいしいよ。マルタ、料理うまくなったよね」 褒められて、マルタは素直に喜んだ。 「そりゃあ、キミのために心を込めて作ったからねっ」 「…うん、嬉しいよ、ありがとう」 照れながら笑い合う。 「ねえ、マルタ」 「なあに?」 「どうせなら…一緒に食べようよ」 マルタは瞼をしばたたく。 「これ、さすがに量が多いから…」 「…あはは、張り切りすぎちゃったもんね…。うん、一緒に食べよう」 マルタはエミルの隣に腰を下ろす。その膝の上にあるチョコレートの端を割り、口に含んだ。 「…うん、上出来」 「そうだね、塩の結晶が浮かんだ卵焼きを作った人とは思えないよ」 「やだ、忘れてよ!」 「あはは」 軽く笑ってから一度俯き、意を決したように顔を上げた。 「ねえ、マルタ?」 「なあに?」 「この、チョコを渡す日ってさ、毎年あるんだよね?」 「うん、もちろんそうよ?」 さっと頬を赤らめ、エミルは息をのんだ。 「あの…、さ」 「なあに、さっきから」 視線を泳がせるエミルに、マルタは首を傾げる。 「ら、来年も、もらえるかな?」 突然すぎて、マルタはその意味を理解するのに時間を要してしまった。それから、エミルと同じように頬を染め、微笑む。 「…エミルは私の王子様だもん。来年と言わず、これからは毎年あげるわよ」 そこでやっと視線を合わせた。 「…ありがとう、マルタ」 ふふっと微笑み合う。 それからふたりは、大きなチョコレートを時間をかけてゆっくりと食べきった。 「一ヶ月後には、ちゃんとお返しする日もあるんだよ」 「え? …うん、じゃあ、チョコレートの大きさに負けないくらいのプレゼントを用意するからね」 そんな約束も交わして。 END. |