ゼロスの寝室のドアをノックした。すぐに応えがあった。 「開いてるぜ」 そっとドアを開く。あたしの顔を見るなり、ベッドに仰向けになっていたゼロスが起き上がった。 「…どうした?」 きっと酷い顔をしていたに違いない。立ち上がりあたしの傍まで歩いてきて、心配そうに手を差し出した。 「触らないで」 差し出した手を引いた。 「…ごめん、ゼロス、あたし、あんたとは付き合えない」 あたしは答えを出した。ゼロスとは付き合えない。もちろん、ゼロスでなくても。あたしは、恋愛なんかにうつつを抜かしていられる資格なんて、ない。 前髪を伸ばしていてよかったと思う。ドアにもたれかかり、少し俯いたあたしの表情は、ゼロスには見えないはずだ。 「…決めたのか」 あたしは黙って頷く。 「じゃあ、しゃあねえな」 「え…」 思ったよりも軽い口調のゼロスに、あたしは顔を上げた。やっぱり軽い気持ちで言ったのかと、心が冷えそうになる。 「…理由とか、聞かないのかい?」 「理由を聞いたら、付き合ってくれるわけじゃねーだろ?」 ゼロスは肩をすくめる。あたしはまた俯いた。 「うん…、ごめん」 「別に謝る必要はねーよ。その様子だと、それなりにちゃんと考えて、それなりに悩んでくれたんだろ。謝るのは俺さまのほうだ」 今度は、触れた。あたしの髪を優しく撫でた。 「ゼロス…」 しばらくそのままで見つめ合う。と、ゼロスはにっと歯を見せて笑った。 「俺さま、しいなに愛されてるって、よ〜く解ったしな」 「…な、なんでそうなるのさ」 慌てた。ゼロスはあたしの両頬を軽くつまむ。 「断らなきゃならない理由があったんだろ?」 「う、うん」 「その理由があるから悩んだんだよな?」 「そ、そうだけど」 「それは、悩むほどしいなにとって重要な理由だった?」 「も、もちろん」 「じゃあ、その理由の反対側、天秤に乗せたのは、なんだ?」 その言葉の意図が掴めなかった。 「なんで悩んだ?」 顔が近い。 「…俺さまのことが、好きだから、だろ?」 いたずらっぽく笑うゼロスに、あっと声をあげた。 「ちが…違う!」 「違うわきゃねーよな、でなきゃ悩む必要なく断るだけだ」 確かに、と納得しそうになる。でも、違う。好意はある。けれどそれは愛なんてご大層なものじゃない。 「あたしは…」 言いよどむあたしの頬を、ゼロスはやっと解放した。 「ま、俺さまの気が変わらねーうちにさっさと部屋から出たほうがいいぜ」 また肩をすくめた。あたしは小さく「え」と呟く。 「しいなが俺さまのこと好きって解っちゃったから、…歯止め、きかなくなるぜ?」 あたしは大きく跳びのこうとして失敗した。後ろはドアだ。後ずさりも出来ない。踵がドアに当たって、音が響いた。 「あ…」 ゼロスはあたしの両サイドに手を付いた。逃げられない。 「それともいっそ、気持ちいいこと、するか?」 ちらりとベッドを見、じわじわと身体を近付けてくる。 「初めてでも大丈夫だぜ。俺さま、上手いから」 何が、とは聞かない。それくらいは解っている。耳年増と言われてしまえば、その通りだ。 あたしの胸とゼロスの胸が触れ合う。 「ゼ、ゼロス…。冗談は…」 ゼロスは軽く首を傾けた。キス、しようとしている。あたしはぎゅっと目をつむった。 つむって、その瞬間を待った。 「……?」 なかなか来ない。薄目を開けると、にやりと笑ったゼロスがいた。 「…期待しちゃったりなんかした?」 鼻の頭にキスをして、ゼロスはウインクした。 「俺さまは、その気のない女は抱かないって言わなかったっけ?」 「!」 また、からかわれた。 「この…!」 振り上げた拳を掴まれる。 「…マジで、早く部屋に戻れ。な? おまえの相棒も心配してるだろーよ」 あたしは怒り心頭のまま手を振りほどき、ドアを開く。 「言っとくけど、あたしはあんたが好きなわけじゃないからね!!」 ポカンとするゼロスを尻目に廊下に出、ドアを勢いよく閉めた。 閉めたドアの向こうから、ゼロスが吹き出した声が微かに聞こえた。 まだ空が白んでも来ない時間、あたしはテセアラ城の屋根の上にいた。ゼロスがいたら声をかけずに立ち去る予定だったが、幸い、彼はいない。膝を抱えるように座った。 「ねえ、しいな、ゼロスに何も言わなくてよかったの?」 「…いいんだ」 コリンは俯いた。 「やっぱり、コリン、余計なこと言っちゃったのかな…」 「そんなことないってば」 「でも…」 「コリン、また前に戻るだけだよ。あたしにはあんたがいる。それだけで、あたしは充分だよ」 何も言わずに出てきたことで、あたしの気持ちはゼロスには伝わっただろう。勘も頭もいい男だ。 あのときの眺めをコリンに見せたくてここに来た。と同時に、あたし自身の気持ちにけりをつけるためでもある。 |