花を綺麗だと思ったことは、一度もなかった。


 はらはら舞い散る花びら。淡い薄紅色の花弁が散る。
 その樹木の下に立ったしいなを、ゼロスは見つめていた。
 それに気付いたのか、しいながゆっくりと振り向く。
「…どうかしたかい?」
「…綺麗だな、と思って」
 意味有り気な笑みに、しいなは首を傾げた。
「何が。花が?」
「いやおまえが」
 即答だった。しいなの頬が一気に上気する。ゼロスは小さく「しまった、つい…」と汗を流す。
「ばっ…、馬鹿も休み休み言いな! このアホ神子!!」
 酷い剣幕と声量に、ゼロスは耳を塞ぐ。
「あー、はいはいはいはい」
 苦笑い。しいなは赤い頬のまま、伏し目がちに「まったく…」と呟いた。

 ――そんな顔、すんじゃねーよ。

 今度はゼロスが伏し目がちになる。少しの沈黙ののちに、小さく呟くように唇を開いた。

「花が…、嫌いだったんだ」

 しいなは顔を上げた。
「どんなに綺麗でも、どんなに小さな花でも、散っていく命を見せる」
 白い雪の上に散った赤い赤い花。花吹雪の中、その記憶がどうしても頭から離れない。
「だから、大嫌いだったんだ」
 俯くゼロスに、しいなは一度まぶたを下ろした。
 再び開く。
「でもさ、いつか散る命だからこそ、今を美しく咲き誇れるんだよ」
 ゼロスの表情は動かない。否、口元は確かに笑みを浮かべた。はっ、と鼻で笑い飛ばしたのだ。
「綺麗事だな」
 冷たく突き放す。しいなは睨むように、挑むように、まっすぐゼロスを見つめた。

「綺麗事がなけりゃ、生きてなんていられないよ」

 目を見開いてまじまじとしいなを見た。およそ彼女らしくない言葉だったからだ。
「…ロイドの綺麗事には、たくさん救われたはずだよ」
 唇を結ぶ。
「あたしも…、あんたも」
 否定出来ずに、ゼロスは俯く。それがわかって、しいなはふっと笑った。
「それにさ」
 ぴっと人差し指を立て、いたずらっぽく笑ってゼロスに突き付ける。

「嫌いだった、ってことは、今は好きなんじゃないのかい?」

 上目遣いで迫るしいなの笑顔。

 ――ああ、そうか。

 今度は、本当の笑みがゼロスの口元を飾った。にっと歯を見せ、短く答える。
「そうだな」
 こつんと音を立て、額を合わせる。
 しいなの唇という蕾が、綻ぶようにやわらかく微笑んだ。


 ――だから、どうか、今すぐその花を俺に――。



 end.






 W&R用の書き下ろし。
 黒歴史時代のコピ本を小説にしてみました。ってもかなり改変してますが…。
 ラブラブじゃないゼロしいが好きです←

 8ページの話も、小説にするとこんなにまとまるもんですね。盛り上がりもなんもなく。
 改めて文才の無さに気付く…。あるのはしいなへの愛だけ←

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