「…何泣いてんだ、おまえは」 ゼロスは半ば呆れているようだった。ガオラキアの鬱蒼とした空気の中、ひとり距離を取ったしいなを心配して来てみたら、これだ。 「うるさい。放っといとくれ」 「ほっとけるか」 涙を流したままこちらを睨むしいなに、ゼロスは肩をすくめた。そのまま近寄る。 「…話してみろよ」 口調は軽いが、視線は真剣だ。しいなは少し考えてから口を開く。 「コレットが…コレットの気持ちを思ったら…泣けて来ちゃって」 ゼロスは嘆息した。 「おまえが泣いたってしょうがねーだろが」 「わかってるよ…でも…」 しいなは手の甲で涙を拭う。すん、と鼻をすすった。 「コレットちゃんは自ら選んだんだろ。ああなるってわかってて」 その言葉に、しいなは息を飲んだ。いきなりゼロスの胸倉を掴んでちょうどその背後にあった樹木に押し付けた。その剣幕に男はたじろぐ。 「あんたは…あんた、まさか、知ってたのかい?」 「何をだ」 「再生の旅に出た衰退世界の神子は…最終的にああなるって、知ってたんだね?」 ゼロスは口をつぐむ。否定はしない。 「どうして教えてくれなかったのさ! あたしが旅立つ前に会ったとき、何で言わなかったんだい!」 少し間を置いて、ゆっくりと口を開く。 「…おまえの決意が鈍るだろ」 「え…」 「衰退世界の神子を殺すと決心したおまえにそれを言って、どうすんだ? おまえを更に悩ませちまうだけだろが」 それは、と言いよどむ。勢いを失ったしいなの手を優しく掴み、そっと降ろしてやる。 「ま、俺さまは、どのみちしいなに神子暗殺はやれねーと思ってたけどな」 む、と頬を膨らませる。 「どうしてさ」 ゼロスは押し付けられた木の幹に寄り掛かる。 「…優しすぎるんだよ、おまえは」 その声が優しくて、しいなは唇を噛んだ。その頬に残った涙を、ゼロスは指先で拭き取る。 「暗殺するはずだった相手のために泣くとか…普通ありえねーだろ」 笑われて頬を熱くした。 「…確かに知ってた。事情が違えど俺さまも一応神子だしな。でも、そうホイホイ言える内容でもないだろーが」 立ち尽くすしいなと一歩の距離で、ゼロスは腕組みし、足を交差させた。 「言ってたら、おまえ、また泣くんじゃねーの? そうなった俺さまのために。繁栄世界の神子に、その必要がないとわかっていても」 それを想像してか、再びコレットを思ってか、涙がこぼれる。 「泣くなよ…。おまえって、割とすぐ泣くよな」 ゼロスは苦笑いした。この心優しい女性が流す涙が、きらきら輝いて地面に吸い込まれていくさまが美しいと感じながら。 「…まあいいか。泣き出すととことん泣かないと気が収まらねーやつだからな」 ゼロスはしいなの頭を優しく撫でた。 「ロイドもジーニアスも、落ち込んでるし、リフィルは知ってるのに黙ってた罪悪感でいっぱいでさ…。そんなみんなを見てるのも、辛いんだ」 旅を始めるずっと前から付き合いのある男に、せき止めていた気持ちをやっと吐露した。 「…来いよ。ハンカチがわりにはなれるだろ」 手にぐっと力を入れると、しいなは僅かに抵抗した。 「誰も見てねえよ。来たって足音ですぐ解るから」 自分の胸に少女の泣き腫らした瞼を押し付ける。空いている手で、肩や背中をポンポンと叩いた。 「あいつらの前じゃ泣けねーんだろ。ひとりで泣くなよ。俺さまがいるだろが」 「優しいゼロスなんて気味悪い…」 くつくつ漏れてくる笑い声。泣いて震えているのかと思いきや、これだ。 「黙って泣いてろ」 ぷーっと吹き出した。吹き出してゼロスの胸を押して離れ、座り込んでまだ笑っている。 「おまえね…」 「ご、ごめん、つい…あまりにも変な言い種だったから」 口をヘの字に曲げるゼロスに、しいなはやっと立ち上がる。 「ありがと、ちょっと元気出た」 哀しみからか笑いからか生まれた涙を、しいなは軽く拭う。拭きそこねた涙に、ゼロスが手を伸ばしかけた。 「あーっ、やっと見ーつけた!」 ジーニアスの声に慌てて手を引っ込める。 「あ、ゼロスもいた」 俺さまはオマケか。ぼそりと呟いた。 「ふたりとも、あんまり離れちゃダメじゃん。ちょっと探しちゃったよ」 「ごめんごめん」 謝るしいなの顔を、ジーニアスはまじまじと見た。 「しいな、どうしたの? …泣いてた?」 ハッとして頬を押さえるしいなを横目に、ジーニアスはゼロスを睨む。 「わかった、ゼロスに何かされたんでしょ!」 「ちげーよ」 腕組みして踏ん反り返る。 「そうなの?」 すっかり涙を拭いきったしいなに確認する。 「さあ、どうかねぇ。泣かされたのは確かだよ?」 「おま…」 ゼロスは絶句した。 「やっぱり。姉さーん! ゼロスがしいなを泣かしてるよー!!」 「げっ」 ゼロスは慌ててしいなに詰め寄った。 |