もし、逆だったら。 「…は?」 返ってきたのは怪訝そうな表情と声だった。 「だからー、もし衰退してたのがテセアラで、俺さまが世界再生の旅に出て、天使になっちまったらおまえはどうするよ」 ゼロスは少し苛立ったようにそう問う。 その言葉に、しいなは首を傾げた。 「なんだってあんたがそんなこと聞くのさ?」 憮然とした表情のゼロスに、呆れの混じっているしいなの顔。どちらかといえば、いつもなら逆だろう。 夜の匂いが森を完全に包んでいた。夜風を求めに外に出てきたゼロスは、そこで星の光を求めに出ていたしいなと出くわしたのだ。 「いいから。答えてくれ」 憮然としてはいるものの、真剣さはある。しいなはひとつ溜息を付いて考えた。 「…とりあえず、殴る」 「は?」 予想だにしなかったその答えに、ゼロスはぽかんと口を開けた。 「コレットのように、食事もせず、眠れなくなって、感覚もなくなり、声さえも失っていくのを見たら、殴ってでも止めさせるよ」 大きく目を見開く。 しいなは構わず続ける。 「それでもあんたがコレットのように天使になっちまったら…そのときはきっと、あたしが責任持って、元に戻してやるよ。それは、あたしもロイドと変わらないと思う」 ゼロスの手が震える。聞きたかったのは。 泣きそうな表情で、それでもいつものように軽口を叩く。 「それって、ロイドくんがコレットちゃんを好きなように、しいなも俺さまを愛してるってこと?」 今度はしいなが目を見開いた。ゼロスにとってはこれも予想外だった。殴られるのを覚悟で言ったのだが。 「あ…あたしは…」 顔を赤くして視線を逸らす。正面からは見えにくいしいなの耳も赤くなっているのが確認できた。 「しいな…」 どくん、とゼロスの心臓が短い悲鳴を上げる。 本当は、コレットちゃんがロイドくんへの想いのために天使になることを自ら望んだように、俺さまもしいなへの想いに、天使になることを選ぶかもしれない。 それは言えなかった。あまりにも自分らしからぬ言葉ではないか。 ロイドとしいなの真っ直ぐなところが似ているように、自分もまたコレットと不器用なところが似ているのかもしれない。ゼロスは、そう感じた。 「…サンキュ」 「え?」 俯いていたしいなが顔を上げる。ゼロスはまっすぐにこっちを見ていた。まともに視線がぶつかる。 旅は、もう少しで終わる。明日、ロイドがクラトスと戦い、しいながオリジンと契約し、エターナルソードを手に入れ、それで世界を統合したら、終わりだ。 何でもいいから話したかった。それがゼロスの正直なところだった。 そして、欲しかったのは約束だった。 あの救いの塔での出来事から、しいなの様子が変わった。 彼女を誰よりも見つめている(つもりの)自分は、いち早くそれに気付いた。 自分の裏切りに怒りを露わにしたのはしいなだけだった。 「ロイドを裏切ったら命はないわよ」と、そう言っていたリフィルさえも、眉間に皺を寄せ、それは怒りよりも哀しみだった。ロイドもそうだった。 涙を止めずに流したのも、しいなだけだった。 「信じて、いいの…?」 その言葉。あの眼差し。 「しいな」 顔を上げる。 「…この旅が終わっても、俺ら、また会えるだろ?」 じっとゼロスを見つめ、黙ったまま頷いた。 「…そうか」 空を仰ぐ。 夜風がふたりの間を通り過ぎる。 ゼロスが上着を脱いで、しいなの肩にかける。 「もともとノースリーブだから、意味ないかもしれないけどよ。ま、俺さまの気持ちってことで」 に、と笑う。 しいながその上着を大切そうに羽織る。 「大丈夫…ちゃんとあったかいよ」 にこ、と笑う。 自然とふたりの距離が縮まり、ゼロスはしいなの肩を抱いて空を見上げた。 しいなも体をゼロスに預け、視線を同じ方向に向ける。 例えば、君が君でなくなってしまうのなら。 あたしはきっと、失くしたものを取り戻す旅に出る。 end. 特に何も考えずに、つらつら書いてサイトアップした小説でした。 この作品のテーマについては、書く人は実際に長編で書いてんだろうなぁって思います。 |