昨夜は大雪だった。 この常冬の街では、あれくらいの雪は当たり前のことだという。 あれでか。苦笑いしてしまう。 降り積もった雪が、朝日にきらきらと輝いていて、とても綺麗だ。 きらきら、きらきら。 そう、もともと雪が嫌いではなかったのだ。 足を踏み出すと、キュ、と音を立てるその白い絨毯。 「さっさと出なよ」 背後からの声に振り向く。 「つめてーの」 ぼそ、と言い返す。だが彼女はそれを無視し、ドアの前に立ち止まっていた青年を邪魔だと言わんばかりに押しのける。 「雪に見とれるなんて、似合わないことしてるからさ」 青年は唇をへの字に曲げ、自らの赤い髪に右手を突っ込んでがしがしと掻いた。 「まあでも…あんたの髪って雪によく映えるねぇ。目立つ目立つ」 「どーも、ありがとさん」 よくよく考えればそれは自分にとってはこれ以上ない皮肉。 そんなことはつゆ知らず、彼女はふ、と空に息を吹きかける。 白い息が、白い空気に消える。 楽しそうに笑う彼女に、おまえのほうこそ、と口を開きかけて止めた。 きらきら、きらきら。 きれい、なんだな。 黒い髪が雪によく映える。綺麗だ。 「…どうしたんだい?」 口端を少し持ち上げた。 「…いや」 「あ」 ほんの少しの沈黙の後に、空を仰いだ少女が声を出した。 「戻ってきたか」 遠い空に、微かに大きな鳥のような乗り物が、4機。 もう、帰ってきちまったか。 これから一生に一度の選択を行う。 三者択一。 頭の中で確かにこれだと決まっていたはずの自分の答えは、今心の中で揺れていた。 心がその道の行く手を阻む。心と言うよりは、想いだ。 そして、その存在。 友人と呼べる人間が、この歳になって初めて出来たという情け無い事実。 そして、この胸に、息を潜めながら確かに十数年もの間息づいていた、これも情けない真実。 ここは、心地いい。 どうする。 ぼんやりと、かけがえないものたちの存在が浮かぶ。 可愛い妹。 気の置けない友人。 数少ない理解者。 そして、誰よりも愛しい少女。 どうする。 道はふたつ。 自由という名の死か。 それとも束縛という名の生か。 心と頭と、それぞれが違う答えを導き出していた。 思考と感情の狭間に、堕ちる。 「…ゼロス?」 顔を上げる。赤い髪が白い世界に揺れた。 「あ、ああ、いや、何でもねーよ」 「…あたしまだ何も聞いてないけど?」 少し呆れたふうの少女に、青年は手をひらひらと振った。 昨日、一つの提案を持ちかけてきた男がいた。 溜息が雪に溶けていく。 …よし。 「決めた」 少女が顔を上げた。 「…何がだい?」 「秘密」 怪訝そうな顔をしている少女に、青年はいたずらっぽく歯を見せて笑った。 やっぱりここは居心地がいい。 誰一人として自分を縛り付けるものはいないのだから。 裏切り者の汚名など、怖くはない。 もう一度君に逢うために。 「……任せとけ」 声は誰の耳にも届かずに朝陽に溶ける。 ミルク色の息だけがその言葉の存在を示すように、きらきら、きらきらと輝き、そして白銀の中に消えていった。 おわり 昔のサイトに掲載していた小説です。 当時、ゼロしいお題の[意気込み]をテーマに書きました。 一箇所を除き、あえて固有名詞を出さないとか意味不明なルールでやってみたやつです。流行りの改行に挑戦して見事自爆した感の作品でもありまふ… |