三輪隊だけでは報告が偏ってしまうからと、迅と三雲はボーダー本部へ向かうことになった。一方、残されたなまえ達は、普段雨取が隠れ屋にしているという山守神社で、三雲達の帰りを待つことにした。警戒区域に近いその場所は、境内も石段も荒れ放題で、人っ子一人見当たらない。確かに隠れ屋としては都合の良い場所だった。
よいしょ、と石段に腰掛けた空閑が「まあ、飯でも食って待とうぜ」と言って、抱えていた紙袋からハンバーガーや飲み物を次々と取り出していく。途端、なまえのお腹がぐう、と音を立てた。時刻はとっくに正午を過ぎているのだから、腹も空くはずだ。なまえは、また学校サボっちゃったな、と溜め息をこぼした。



「そういえば、あなた達学校は?」

「えっと、お休みになったんです。」

「トリオン兵に壊された校舎を修繕してるらしい。」

「…なるほど。サボりは私だけだったのね。」



彼らも仲間だと思っていたのに、どうやら違ったらしい。「ほう。学校をサボるとは、先輩もワルですな」と呟く空閑に、なまえは意地悪そうな笑みを浮かべ、「あなた達は、こんなふうになっちゃダメよ?」と冗談めいた口調で言った。

それから、なまえはハンバーガーを食べながら、雨取の過去や、空閑がこちらの世界へ来た理由を聞いた。話している内容は決して軽いものでなかったが、二人とも天然なのか、小さな彼らが時々交わす微笑ましいやり取りに、気づけば口端から笑みが溢れだした。なまえ達は、この時間内で互いのことを知り、随分と仲良くなれたようだ。
午前中の出来事が嘘のように、和やかな時間が流れる。そんな中、空閑がそういえば、となまえに視線を向けた。



「さっきの、重くなる弾の人。ナマエ先輩の知り合いみたいだったけど、二人はどんな関係なんだ?」

「重くなる弾の人……えっと、秀次のことよね?私と彼は幼馴染よ。」

「ふむ、オサナナジミか。じゃあ、おれと一緒にいたら、先輩たちの仲が拗れちゃうんじゃないの?」



近界民を恨んでるんだろ、あの人。空閑の真紅の瞳が真っ直ぐなまえを見据える。三輪がなぜあそこまで近界民を嫌っているのか、その理由は先程立ち去り際に米屋がバラしていってしまった。話を聞いていた雨取も心配そうな視線をこちらへ向けている。なまえは、そうね、と頷いた。



「まあ、あなた達といれば、間違いなく彼の機嫌を損ねると思うわ。…でも、別に近界民に恨みを持ってるのは、彼だけじゃないのよ。」

「?」

「私だって、4年前に両親を殺されてる。」

「!……なるほどね。だからあのとき、おれに殺してくれって頼んできたのか。」



空閑は納得したように手を打つ。脳裏に浮かんだのは、彼らが初めて会った日のことだ。近界民を前にしたとき、なまえは怯える様子も、逃げる様子も見せなかった。ただ、その瞳は人形のように冷ややかで、微かに寂しげな影を宿らせていた。



「私は、もとより近界民に殺されることを望んで警戒区域ここに来ているの。あれに殺されるなら本望よ。」

「理由…?そんなものなくたって、近界民あなたたちはたくさんの人間を殺してきたじゃない!何の罪もない人達を…!」

「あなたが本当に近界民なのだと言うのなら、どうかお願い。私を殺して。」






「…うん。ずっと殺されることを望んでた。生きていく理由なんて見つからなかったから。みんなと同じように死にたくて、何度も警戒区域に通ったわ。……でも、」



なまえはフッと目を伏せる。彼女の口元が僅かに緩んだ。



「三雲くんにね、言われたの。両親も友達も、みんな、私が幸せになることを望んでる。私は幸せにならないといけない人間なんだ、って。」



そう言うと、空閑は「オサムらしいな」と呟いた。雨取もコクコクと頷き、それに同意する。なまえは「でしょ?」と微笑みながら、青空を見上げた。心地よい風が吹き、三人の頬を撫でていく。空閑には、この澄んだ瞳に青を映す女性が、己を殺すよう懇願してきた女性と同一人物であるとはとても思えなかった。



「私ね。あの日、初めて生きたいと思えたの。心から幸せになりたいって思えたの。……それから、あなた達と話して、事情を知って、今はあなた達の力になりたいって思っているわ。」

「……ナマエ先輩、オサムに似てきたね。」

「えっ、ウソ!」

「確かに、ちょっと似てるかも。」

「あ、雨取ちゃんまで…。言っておくけど、私は彼ほどお人好しじゃないわよ…?!」



慌てて否定していると、雨取がフフッと失笑した。それに釣られて、空閑となまえも笑いだす。ああ、楽しいな。こんなふうに誰かと笑い合うのはいつぶりだろう、となまえは考える。
大規模侵攻でたくさんの知人を失って以来、人との付き合いをなるべく避けてきたなまえだが、彼らと共に過ごす時間にはどこか居心地の良さを感じていた。もっと仲良くなりたい、と本心からそう思い始めていた。


それから暫くして、三雲から『報告が終わったから合流しよう』という旨の連絡が入った。まさか、合流した後に迅に誘われ、みんなで玉狛支部へ向かうことになるとは、このときはまだ思いもしてなかったのである。





死にたがりな幼馴染10





迅に連れられて玉狛支部へとやってきたなまえ達は、玉狛の隊員である宇佐美と陽太郎に緩く歓迎され、茶請けをつまみながら、玉狛支部のことや、ボーダーの階級システムについて教えてもらった。
そして、その中にあった遠征の話に食いついた雨取は、暫く悩んだ末に、意を決したような声で言った。ボーダーに入りたい、と。

それがどれだけ危険で無謀なことであるか、三雲は彼女を諭すように説明したが、彼女の決意は三雲達が想像していたよりずっと堅いものであった。



「わかってます…。私なんかが何をやったって全部意味ないかもしれないって。でも……じっとしてられないんです。ちょっとでも、可能性があるなら……。」



珍しく食い下がる雨取に、三雲は少し考える素振りを見せると、やがて彼女に“ある提案”をした。そして、雨取は二つ返事でその提案を受け入れた。

雨取の強い意志を知り、どうやら三雲自身も覚悟を決めたらしい。三雲は空閑とも話をするため、彼がいるであろう屋上へ行ってしまった。始めはソファに座り、彼らが戻ってくるのを大人しく待っていた雨取も、ついにじっとしていられなくなったのか。部屋から出て、屋上に続く階段へと向かってしまう。
部屋には、なまえと宇佐美だけが残された。始終黙って事の顛末を見守っていたなまえは、静かに息をつき、宇佐美が淹れてくれた紅茶へと視線を移す。その赤茶色が揺れる水面上には、決然たる彼女の瞳が映りこんでいた。迷いはなかった。
なまえは寸分の揺るぎもない決意を胸に、口を開いた。



「あの…。宇佐美さん、お願いがあるんだけど、」











「修くん、遊真くん。」



もう話は済んだのか。屋上で話していた三雲と空閑が階段から下りてくると、階段下に座っていた雨取は立ち上がり、二人の名を呼んだ。
その声が少し不安げに震えていたことに気づいたかどうかは定かでないが、空閑は手をヒラヒラさせると、自分もボーダーに入り、三雲達と共にA級を目指すことにしたとあっさり告げた。それを聞き、ぱっと顔に喜色を浮かべた雨取は、彼にお礼の言葉を口にした。

それから、チームを組むのであればリーダーを誰にするかという話になったが、空閑と雨取が“リーダーは三雲がいい”と口を揃えたため、彼がリーダーということで決定した。
当人は実力も知識もある空閑がやるべきだと考えていたため、あまり納得のいかない様子であったが、空閑達に強く指名されたことで、最終的にはチームのリーダーを引き受けることとなったのだ。三雲は顎に手を当てると、「あとはオペレーターだな」と口を開く。



「オペレーター?」

「ああ。正式な部隊として認めてもらうためには、必ず一部隊に一人オペレーターが必要なんだ。本部所属の隊員なら希望を出せば、フリーのオペレーターを紹介してくれるらしいんだが……僕達は玉狛支部所属になるわけだし、なにより空閑の事情を知った上で協力してくれそうな人を探さないと。」

「……それなら、適任者がいるな。」

「うん。なまえさん、だよね。」



空閑と雨取が顔を見合わせ、コクリと頷く。その名を聞いた三雲は目を丸くし、「でも、」と異議を唱えた。確かに、彼女は空閑の事情を知っているわけだし、これ以上ない人選だとは思うけれど…



「みょうじ先輩は…恐らく無理だと思う。」

「なんでだ?」

「みょうじ先輩には幼馴染がいるんだ、ボーダー隊員の。その人は近界民のことをよく思ってないし、玉狛支部を敵視してるから、みょうじ先輩が僕達のチームに配属することをきっと許してくれない…。」


「へえ。よく知ってるのね、三雲くん。」

「!みょうじ先輩、」



突然聞こえてきた第三者の声に、慌てて振り返ると、そこには当の本人が腕を組みながら立っていた。いつから、そこに居たんだろうか。戸惑う三雲に、彼女はにっこりと微笑みを浮かべた。



「幼馴染がボーダー隊員だって話、三雲くんにはしてなかったはずだけど?」

「……前にみょうじ先輩が、近界民に殺されたいのにいつも幼馴染の邪魔が入るんだとおっしゃっていたので、きっと幼馴染の方はボーダー隊員なんだろうなって思っていたんです。それで今日、三輪先輩のことを下の名前で呼んでいるのを聞いて、なまえ先輩の幼馴染というのは三輪先輩なのかな、と。」



三雲のその返しに、なまえは「ご名答」と、さらに微笑を一層深くした。まるで悪戯好きの子供のような笑い方に、こんな表情をする人だったかと三雲は目を見張る。腕を解いたなまえは、三雲達の傍へと歩み寄ると、その凛と通る声で静かに言った。



「でも、私はあなた達に頼まれたら、やるわよオペレーター。」

「えっ、」

「事情を聞いたからには、もう無関係でいられないもの。あなた達には借りがあることだし、できる限り協力してあげたいと思ってる。……もちろん、三雲くんが望むのなら、だけど。」



なまえの視線が、どうする?と尋ねてくる。その綺麗な瞳には、彼女の堅固の決意が見受けられた。口をポカンと開けていた三雲は、「どうするんだ、リーダー」と隣りにいた空閑に肘を突かれ、はっと我にかえる。
せっかくの申し出だ。こちらから断る理由なんて一つもない。三雲は背筋をピンと伸ばし、翡翠の瞳で彼女を見つめ返した。

そして、



「俺達のオペレーターになってください。お願いします。」

「ええ、任されたわ。これからよろしくね。」



綺麗に頭を下げた三雲に、なまえはにっこりと満面の笑みを溢した。こうして、なまえをオペレーターとして迎え入れ、今ここに三雲隊が結成されたのである。








「メガネくん達は、玉狛ウチに泊まってくみたいだけど、みょうじちゃんはどうする?」

「私は、…今日は家に帰ろうと思います。」

「……そう。家まで送ろうか?」

「いえ、大丈夫です。」



きっぱりとそう断ると、何かを察した迅は「そっか。気をつけてね」と少し困ったように微笑んだ。
なまえの手の中で、スマホの通知ランプがチカチカと光っている。彼に会ったら、なんて言われるだろうか。叱られる、なんて表現は生温いのかもしれない。それでも覚悟を見せないと。なまえはスマホをポケットにしまい、静かに息を吐き出した。

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