下界では畏れられ畏怖の対象となっている閻魔大王はか細い肩の真っ白な肌を晒して僕の腕の中に収まってしまう小さなかみさまだと誰が思うだろう
ふるりとその黒髪を乱しながら僕を呼んでは吐息を溢す姿はきっと僕しか知らない閻魔大王
伝う汗が玉になって流れ溶けてしまいそうな体を冷やした
何度も何度も何度も、何度も僕の名を呼ぶ大王
繋いだって綻びてしまう糸を必死に抱き寄せる
虚しいと思う気持ちを留めるのは案外難しいことだった
今感じてる大王の温もりも声音も気持ちも明日で全部さよなら
こんなに深く繋がっているのに不思議な話
長い輪廻の道に勿論僕の魂も乗っかってる訳で、当たり前のように時が巡れば僕も行かなくてはならない
ただ一人、その輪廻から置いていかれた貴方を残して
「忘れないでなんて守れない約束なのにごめんね」
「馬鹿ですか貴方は。忘れたりなんかしません」
「うん、ありがと。そうだよね。鬼男くんならきっと大丈夫そう」
ね、と笑った大王の体をもっと強く抱き締めた。そんな顔をさせるのが僕だなんて一番許せないことなのに
こうやって裸のまま抱き合ってると同じ胎内に宿れそうな気がするのに
どうして僕はたった一人で生をうけるの?
明日になったらこの心臓は貴方の側で鳴らない
こんな小さな肩を僕が守らないで誰が守るんだ
離れたくない、そう閻魔大王に駄々を捏ねるのはきっと僕だけ
「どうか新しい世界で鬼男くんが幸せになれますように」
ぽろぽろと溢れた閻魔大王の涙が虹色に光っていた
その雫を掬い上げた指を舐めると酷く甘い味がした
大王がよく舐めていたあのキャンディーの味
堪らなくなって口付ける
貴方が居ないなら幸せになんてなれる訳ないだろこの大王イカ
悪態ついてやりたかったけれど瞼が急に重くなる
駄目だまだいいたいことあるのに。泣いてるアンタを置き去りにしたくなんてないのに
ぼんやりした意識にきこえた貴方の声
忘れても、いいからね
自分で約束しておいてそれはないでしょうが閻魔大王
だから絶対に忘れてなんかやらない。アンタの温もりも声音も気持ちも体の奥の熱も笑顔も全部持っていってやる。だからそんなこと言わないで下さい
……………………………
暮れかけた茜色の空の下、学校帰りの畦道には自分一人の足音だけがあった
進路を決める大事な時期なのにこれといってやる事もない。仲間と一緒に喋るのが今一番楽しい事
それでも何か拭えないもやもやがあった。思春期だからだって言われるけどそんなチャチなもんじゃない何か
夕陽を背にそんなことを考えるなんて漫画みたいな図は自分らしくないと溜め息をついて足をすすめる
その途端頬の上に何かが落ちた
「雨…?」
ぽたり、また雫が落ちてくる
勢いが増したら走って帰ろうと思ったけど、ぽたりぽたりと僅かばかりが落ちるだけ
何だろうとその雫が頬を伝い唇に触れた時、懐かしい温かさと味がした
「あま、い」
真っ赤な夕陽が瞬いてその雫を溢す
それを、覚えていた
忘れていいって言ったのに、って貴方は笑う?でもきっと目一杯涙を湛えて笑うでしょう?じゃあ結局アンタを泣かせてしまいますね。でも今まで忘れていてごめんなさい。悲しい思いはさせないって決めたのに。でも思い出した。アンタをなくしてはいなかった
「え、んま大王」
「なぁに、鬼男くん」
振り向いた時はきっと、笑顔