最初に気付くべきだった。そうだ、俺は絶対にノミ蟲野郎の匂いを間違わない。この池袋に足を踏み入れた途端からその匂いを確実に捉えることができる。それほどアイツの存在は絶大だった。だが今日はコイツが背後に来ても気付かなかった。胸糞悪りぃ匂いは微かに捉えてはいたがぼんやりとしたものでしかなかった。アイツの匂いの上にぼんやりとした甘い匂いが覆いかぶさっていて捉えられなかった、それに気付くのがもっと早ければ。
「やっほーシズちゃん!今日も息してるの?うざいね!死んで!」
そう、奴はいつもと同じその癪に障る声を俺に向けてきた。ふざけんな、手前から死ね!ていうか今殺す。拳を握り締めながら背後から声をかけてきたノミ蟲野郎へと振り返る。そして俺は振り上げた拳をそのままに固まった。
「・・・」
「あははっ、シズちゃんイイ顔するねぇ。それでこそシズちゃんだよ」
「・・・臨也か・・・?」
「あれぇ?シズちゃんには俺が折原臨也以外のなにに見えているのかな?シズちゃんの口でちゃんと説明してほしいなあ?」
このうざさは間違いなくあのノミ蟲以外の何者でもない。だが目の前にいるのは『女』であった。俺の認識違いでなければあのノミ蟲は立派な男だったはずだ。いや、待て。あのノミ蟲のことだから実は女でしたってことも・・・いや、それだけはない。俺はアイツの裸を何度も見て・・・
「シーズちゃん?」
「うわあああ!」
にやにやと意地の悪い顔をしながら臨也―と仮定する女―が俺の腕に抱き着いてきた。そして俺の腕に、腕に、胸、が。
「シズちゃんたらその反応は自分は童貞です、って言ってるようなモンだよ。そんな可愛い反応したら悪いオネーサンに食べられちゃうぞー?」
上目遣いで長い睫毛を揺らしながら赤茶の瞳を俺にぶつけてくる。コイツ・・・・・・確信犯だ。
「とりあえず、来い」
「やっだぁーシズちゃんたらおさかーん!」
「うぜえええええええ!手前と居ると目立ちすぎんだよ!いいからさっさと歩け!」
いつもの折原臨也と平和島静雄の衝突を畏れる視線とはまた違う、稀有なものを見る周囲の視線に耐えられなくなり、その腕を引いてとりあえず自宅へと向かう。掴んだ腕はいつもよりもひとまわりも細く、そして柔らかかった。
「で、手前はいつから女になったんだよ」
「えー最初から?」
「嘘つくんじゃねえ!手前、一昨日までは完全に男だったじゃねえか!」
そうだ、一昨日まではいくらコイツが細せぇ体してるからとはいえ、あんなにも華奢ではなかった。身長差もそこいらの女と同じくらいにひらいている。そして何よりその、胸だ。
「なぁに、胸ばっかみてさー。シズちゃんのえっち。」
「ばっ、違ぇよ。いつもの悪巧みにしては出来が良すぎると思ってだなあ」
「だから、悪巧みとかじゃないよ?これ、本物だし。」
ほら、と俺の手をひいた臨也はその形の良い胸に押し当てた。
「ね?ちゃあんと柔らかいしあったかいでしょ?」
「っっっっっ・・・・・・・・・!!!」
心臓が異常なスピードで打つ。口から心臓が飛び出るってのはこういうことか、というほどにうるさかった。
「信じられないところがあるなら好きなように触ってくれていいよ。脱いで欲しいなら全部脱いであげる。ね、シズちゃんの納得がいくまで・・・」
さわって?と臨也の赤い唇が紡いだ。唇は男の時とあまりかわらない。真っ赤でふっくらした唇はどうやら臨也だけのものだったらしい。その唇に噛み付くようなキスをおとす。感触もそのままだった。だが鼻をつく甘い匂いは慣れないほどに濃かった。
・・・・・・自己嫌悪。その一言に尽きる。幾ら俺らがそういう関係だからってよくわからないまま女の体をした臨也を押し倒してしまった。いや、アイツが露骨に誘ってきたからだ。だから仕方なく・・・。
まあこれで判った。臨也の体は完全に女のものだった。柔らかくてしなやかな体は普段の臨也にはないものだった。けれどこうして横で息を整える臨也はまるで別人のようで、それはとても。
「いやだった?」
顔は上げずに臨也がそう問うてきた。
「俺はねぇ、幸せだったよ。だってシズちゃんと自然の摂理に反さずに体をつなげられたから。シズちゃんも良かったんじゃない?やっぱ柔らかい方が抱き心地いいしね。胸だって無いより有る方がいいし。それに、」
君と遺伝子を交じ合わすことができるから。
俯いたままの臨也の顔を優しく上げさせると予想通りその赤い瞳を揺らがして涙を流していた。泣き顔はいつもの臨也のものだった。
「泣くならはじめっからこんなことすんじゃねぇよ。」
「だって・・・シズちゃんに俺からは何もあげられないから・・・暴力だけしかあげられないから・・・」
それは俺達二人が想っていたものだった。空を掴むかのような、掴んでも空っぽのままのような、広がっていく孤独。俺だって考えないことが無い訳でもなかった。コイツが、臨也がもしも女だったら。俺が考えるってことはコイツがそれを考え無い訳がねぇ。
ぽろぽろと零す涙を拭うと臨也は笑った。ちらりと時計を確認して体を起こす。
「もうそろそろ、この魔法も溶けちゃうんだ。今日だけの魔法。シズちゃんと、俺の夢みたいな魔法。だからさ、最後にひとつだけ我が侭いってもいい?」
泣いてる癖に臨也は笑って、言った。
『結婚しようって言って』
カチカチと時計は音を揺らす。針は綺麗に重なった。息を深く吸い込み、閉じた目をゆっくりと開く。そしてしっかりと臨也にきこえるように言った。
「結婚、しよう。臨也。」
目の前にはいつもの臨也。女の体ではない、いつもの男としての折原臨也が居た。大きく見開いた瞳からはまた大粒の涙が溢れた。
「駄目、だよ。シズちゃん。魔法は溶けちゃったよ。一日だけの、嘘をついても許される魔法が。」
「ンなの関係ねぇ。俺は折原臨也に言ってんだ」
「でも、もう今日は嘘はついちゃいけないんだ」
「嘘じゃねえよ」
女だとか男だとかそんなものは後からついてまわるものだ。俺はここに居るうざくて五月蝿くてくっついて離れないノミ蟲が、臨也がかけがえのないものだと知っていた。例えこの関係が破壊と暴力と孤独しか生まなくても確かに俺とコイツはひとつのそれ、を共有していた。だから俺はコイツを裏切らない。
抱き締めた体はいつもと同じく細くて骨ばっているけれど俺の体の隙間を綺麗に埋めていく。きっと俺を埋めるのもコイツを埋めるのもお互いでしか叶わないと本能で解っている。震える両手を俺の背中に回して、そして臨也は小さく紡いだ。
「シズちゃんなんか、・・・シズちゃんなんて、」
(長く長く続けてきた俺らのエイプリルフールが終わる。本当に言いたかった言葉を君に伝えるために嘘ばかりのこの世界で俺は口をひらくよ)
だ い す き
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この日のこのネタをかきたいがためにこいつらにハマったんじゃないかと勘繰ってしまうw
補足として新羅に薬つくってもらった臨也です。女性ホルモンとか莫大に増やす薬なんじゃあないかな笑
にょたを一切生かしきれてませんでした。