「シズちゃんマジでしつこいんだけ、どっ!」
「五月蝿え、死ね!二度とツラ見せんなって言ったろうが!」
「だから仕事だっつってんじゃん」


ひゅっ、と空を切る音と派手な金属音。ちっ、しくじった。そう思った瞬間には一時停止の標識が弾丸の如く自らの頭目掛け飛んでくる。寸での所でその標識を交わし冷や汗を感じつつもカウンタを仕掛ける。鮮やかに弧を描いたナイフの切っ先は静雄の頬を確かに抉りとった。…否、抉りとったはずであった。

「臨也、手前…殺す!今日こそ殺す!」
「ちょっ、シズちゃんどんだけ化け物なの」

静雄の整った顔にたらり、一筋の赤い線が走る。しかしそれは肌に引っ掻き傷を作るのと同等のダメージしか与えられていない。しかし更に怒りの沸点を上げるという有り難くもないことには作用したらしく、ガードレールに手をかける静雄が目に入った。再度舌打ちをし、なるべく標的を絞らせないよう、細く、曲がりくねった路地裏へと身を投じた。

「手前、いい加減にしやがれ!死ね!」
「わっ、あぶな…」

ガードレールが標識同様ものすごいスピードで飛んでくる。しかし静雄の単純で短絡的な攻撃など容易く読める。ひょいと体を一度屈め、頭上を掠めたのを確認し、また逃げれば問題ない。だがどうやらこの日の静雄は今までにない程に冴えていたらしい。ガードレールに隠れてなんともう一つ、へし折られた看板を所持していた。しまった、と思った時にはその看板に思い切り体を叩きつけられた後だった。そのまま壁にも叩きつけられて足は完全に進むことが不可能になった。げほげほと咳き込むと片手で服を掴まれ静雄の視界へと無理矢理引き上げられる。俺の視界の方はあまり良好ではない。恐らく片目が腫れ上がっているだろう。見慣れた忌々しい金髪をぼんやり見つめる。

「は…、っ…はやく、殺れ…ば?」

ぴりぴりと口内も痛んだ。血の味が濃い。顔をしかめた。すると何故か目の前の男も同じように顔をしかめたのだ。は?とその全身を眺めた。掠り傷程度の傷と所々破れたバーテン服、特に痛そうな所はない。というかこの男に致命傷を与えていたのなら今頃こんな無様に捕まってなどいないはずだ

「どうしたの、そんな、顔しちゃって」
「五月蝿え」

殴らないの?と問えば先と全く同じ答えが返ってくる。そして急に手を離された。すとん、と地面に足をつく。静雄の様子がおかしい今のうちに逃げ出したいのは山々だったが後ろは壁、前には当の本人だ。変わらず絶体絶命という状況である。どうしたものかと思案していると静雄の指先が先程ナイフによって傷ついた頬へと伸びた。観察しているとどうやら無意識だったらしく俺の視線に気付いた静雄は慌ててその指先を降ろし、手持ち無沙汰になった指をポケットに突っ込んだ。そして不意にサングラス越しに見つめられた。マトモに目を、しかもこんな近距離で合わせたのは高校時代にだってあったか怪しいものだったので何故か狼狽した。そして静雄はぽつりと呟いた



「痛ぇか」


はじめは訳がわからなかった。けれど理解をした瞬間にそりゃあ君が投げた看板をモロに食らえば痛いに決まってるだろと言い返したくなった。ただあまりに真摯に覗き込む無粋な瞳がやけに寂しそうだったから言葉が詰まった。

「シズちゃんは?」

そう、問うことが精一杯だった。

「俺は、」

そして黙る。先程まではあんなにも殺すだの死ねだのと口が回っていたとは思えないほどに無口になった。そのかわりにといっていい程、しきりに傷のついた頬を触っていた。触るから傷からはまた少し血が溢れていた。

その時何故かそう思った。逆にそう思ったのは何故かと問われたら答えられない。けれどその時最善だと思われた行動に俺は身を移した。


「…いざ、や?」
「いいからその手を降ろしなよ。触るから傷口開いてるじゃない」

頬に当てたままだった静雄の手を掴み、そのまま下方へと引く。そしてもう片方の手で静雄の顎をやんわりと包んだ。目を大きく見開いたのを一瞬だけ確認できたがあとはわからない。


頬の傷は少しだけ発熱していた。温かい血を舌で感じ、ちゅっ、と軽く吸う。ぴく、と静雄の肩が動いた。優しく舐めると口内の傷も疼いたのか血が混じり合うような味がした。

なんでシズちゃんなんかより重傷な俺がこんなことしてあげてんだろうと思わないでもなかった。そもそもこんな行為をするつもりだって更々なかった訳だ。何故なら俺達は。



「おい、臨也」
「ん、なに、ちょっと今動かないで、よ…っ!?」


ぐい、と肩を押され無理矢理静雄の頬から離された。かと思えば今度は急に静雄が顔を近付けた。びっくりして咄嗟に目を閉じてしまった。静雄の唇が俺の唇に、当たった…かと思った。不覚にも心臓が跳ね上がった。



「シズちゃ、…」
「手前も動くな」


静雄の唇は俺の唇に触れるほんの僅か左、切れて血が滲む口の端に当たった。ぺろりと血を舐められる。


「なに、仕返し?かーわいいなあシズちゃんは。」
「あ?」

一瞬眉を寄せた静雄だがそこからは先程のような殺意は感じられない。口とは裏腹にぺろぺろと口の端を舐め続ける。あまりにくすぐったいその行為に耐えきれなくなって静雄に、…シズちゃんへと告げる。




「ね、もっと痛いとこあるからそっち舐めてよ」
「は?どこだよ」



ここ、と唇をシズちゃんの唇に押しあて、舌を絡める。ぴり、とした痛みと鉄の味はシズちゃんにも伝わっただろうか






end






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臨也を殺したかとおもってヒヤヒヤしたシズちゃん
そんで泣きそうなシズちゃんに気付く臨也







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