ねぇ、恋ってなに?






*****



「ク…ぅ」


痛い。痛い。痛い


「ほら、よがってんじゃねーよっ」


苦しい。苦しい。苦しい


「あはは、もしかしてクルル曹長様、感じちゃってる〜?」



まるで捩れるように体内が侵食される。苦しくて痛くて、心が空になる。助けを求める相手も居なければ求めようとも思わなかった。そんなもの、偽善だ。俺を助けようだなんて言う奴は片っ端から最低な言葉をプレゼントしてやる。そして最高の誘い文句を言ってやれば、きっとこいつらと同じだ。貪るようにこの体を犯すだろう。ほら、光も希望も在りはしないだろ



少佐という肩書きと厭味な性格、嫉妬や羨望がぐるぐると混じりあって俺をぐちゃぐちゃにした。皆が俺をぐちゃぐちゃにしたいと願った。
そして曹長への降格。願ってもないレッテルに皆は喜び食いついた。ぐちゃぐちゃにしたくて堪らなかったものは好きなだけ食らい付くことができた。生意気な唇も喉も咬みきれる。有能な指先も脳髄も咬みきれる。俺の男としてのプライドも犯せるのだ。これは決して悲しいからでも何かにすがりつきたいからでも、ない。脳裏によぎるハッピーエンドは俺のじゃない。揺さぶられる中でか細く鳴く声はきっと悦んでいるからで、決して絶望に泣いているからでは、ない



誰か、この悲しみを食らい付くしてはくれないの?










「そこで何をしているでありますか」


俺の腰を掴んでいた男が大袈裟にびくりと震えた。それに俺の髪を掴んだ男も血の気が失せているのがみえた。そして俺はうまく酸素が回っていないのと何処かに投げられてしまった眼鏡がないのでぼんやりと声の主を見上げた


「や、やべぇよ…」
「おいっ、いいからずらかれ!」


床に放り出され、無様に叩きつけられる。どたどたと五月蝿い足音が遠ざかり薄暗い物置の影にやけに明るい緑が、そして俺だけが残された。髪の間から一応目を凝らしてみれば成る程、下級兵達が逃げ出すのもわかる階級の奴。下っ端は譲らなきゃならないってか?ああ、面倒くさい。そう思った。また相手をしなきゃならないのかと思うと腰がずきずきと痛む。ヤるならさっさと終わらせてくださ、い…よ、

「ケロ、ロぐんそー」




そこで限界だった意識が途切れた









******




今日の任務は終了。と、言っても大したものではなく軍事訓練の監督といった暇なものであった。ここは派手に侵略活動とかにいきたいでありますなーと独り言を言わなければならない程に暇な夕暮れ。わざわざ遠回りをして部屋に帰るのも暇だから



「…ねーよっ」
「感…ってんの〜?」


ふと物置として使われている部屋の横を通りすぎた時に声が聞こえた。明らかに楽しい話というようには聞こえない喋り方で、これはよくある後輩イジメであろうと勝手に判断をする。部下は部下で色々な事情があるんだ、と面倒事は嫌いだからスルーしようと思った矢先、良心と呼ばれるものが自分の心を呼び止めた。体は部屋に向かおうとするが心が物置に向かおうとする。ほんのコンマ何秒か争ったあと、諦めて物置に向かった。どうせこのままじゃ安らかに昼寝も出来やしないという判断からだ


「そこで何をしているでありますか」


話のカタをつけやすくするためにちょこっと威厳を出して物置に入る。薄暗いため顔をしっかり認識することはできなかったが、二人は今日見かけた顔だったので恐らく下級兵であるはずだ。この時点で何かがおかしいと気付く。二人の間にいるもう一人だ。女性…?途端に顔が熱くなる。まさかこの二人はそんな行為を…そして更に違和感が襲う。暗闇に映える綺麗な白肌、散らばる金糸の髪、細い腰になだらかな裸体。美しい女性の裸体だ。咄嗟に目を覆う。だがしかしその体は何故か見知った感覚があった。そんな我輩は女性の裸体なんてみてないでありますよ!いや、でもこれはまさか……同じ性別…


急に体から熱が下がるのが面白い程にわかった。虚ろげに見上げたその人は呂律の回らない声で言った



「ケロ、ロぐんそー」





そのままゆっくりと瞼を閉じ、意識を失ってしまったその人。慌てて駆け寄れば噂に名高いケロン軍のブレイン

「クルル曹長…でありますか?」

何ということだろう。そう思うよりも先に怒りと焦りが全身を襲った。何故同じ性別の、しかも同じ軍の上司をこのように扱った?冷え冷えとした気持ちと沸き上がる怒りが露になる


「…ぅ」


だが今は曹長をここから一刻も早く連れ出すのが先だと気付く。何も身につけていない体に脱いだ軍服をかけ抱き上げる。軽い子供のような曹長の体にはたくさんの行為による跡が残されていた。今日だけではないことも見てとれた。とりあえず救護室に、そう思ったがこの跡をみたらきっと看護師たちもわかってしまうだろう。そしたらきっと曹長殿は傷ついてしまう。…ならば行く場所は一つしかない。自室だ









*******






長年様々なものを研究したり開発をしてきたが一つ、わからないものがある

それを主に軍の女やその他に聞くと大抵同じ言葉が返ってくる


「恋?んーそうねぇ、美しくて純粋で時に残酷でちょっと切ないものかしら?」

それは抽象すぎる答えで研究の足しにもならねぇよと文句を言えば明確な言葉で表せたら苦労しないわよ!と逆ギレされる厄介な代物だ
ちなみに恋に性欲は含まれるかと問えばやはり怒られる。恋は純粋なのよ、と。それでは生物学的に成り立たない。子孫を残すために生まれる感情ではないなら一体なにものなんだ。


「うーん、恋にも欲はあるけれど…やっぱり貴方の望む答えにはならないかしら」


美しいそれに一つだけある欲


「恋をすると独占欲が生まれるのよ」












『…殿、…クルル曹長殿』


目を開ければぼやけてはいるがクリアな視界。ああ眼鏡がねぇのか。そんな視界に埋め尽くされた緑。ふわふわと揺れる緑の髪が、大きめの瞳が、俺を覗いていた


「良かった〜目が覚めたでありますか!もう丸一日目を覚まさないので我輩心配だったのでありますよ」



丸一日?
体を起こせば全身が痛むがこれといってキツすぎるわけでもない。それに何より体がべたべたしない。おまけに趣味の悪いケロンスターの入ったシャツを着せられていた。


何だこれ。こいつがまさか全部やったっていうのか?俺が目を覚ますまで何もせずただ見てただけだったっていうのか?


「…とんだ偽善だぜ」
「?どうしたでありますか?」」

くるりとした瞳がきょとんとする。大した偽善だ。正義感とやらかチキンなだけか。まあそんなもん、迷惑なだけだ


「お腹は減ってな…ゲロっ!?」
「なァ」


そいつの胸元を掴んで引き寄せる。あと少し動けば唇が触れ合う距離。大きな黒目がちの瞳が更に見開かれた


「ちちちちち、近いでありますよ!」
「アンタ、なんで俺を抱かない?」


へ?と間抜けな返答の後、頬が真っ赤に染まるのが面白い程にわかった


「そんなことは…しないであります」
「なんでだ?軍曹閣下には腐る程女も男もいるから?」
「っ!そんなものいるわけないで…」
「じゃあ、」


そいつの唇に指を這わす。ぴく、と肩が跳ねた


「壊すくらい、抱いてくれよ」


軍曹の喉が上下に動いた。ベッドに押し倒されるこの獣のような衝動。こいつも下級兵も変わらない。くだらねぇ世界


だが押し倒したまま軍曹は一向に動かない。なんだこいつ、ヘタレか?そう思った矢先、頬に唇の感触。優しく触れた唇だけを残してそいつは体を起こした



「…は?抱かねェのか」
「我輩は曹長殿を汚したくないであります」


何を言ったか理解ができなかった。この俺の頭が、だ。汚したくない?俺を?

「よくあんな場面見といて汚したくないなんていえんな。」
「曹長殿は綺麗でありますよ。だって美しくて穢れのない瞳をしているでありますから」


笑いながら髪を撫でる不躾な手。俺を綺麗だなんていった奴は初めてだった。急に頬が熱くなる。なんだこれ、?

「だからもう、これ以上悲しい目はしてほしくないであります」

一瞬言葉がつまる。なんでそんな優しい目をするんだ。偽善であって欲しかったのに。なんで。なんで俺を大事にすんだ



「っば…ばっかじゃねーのぉ!」


あまりの恥ずかしさと混乱でベッドから飛び降りる。その時ソイツはベッドから転がり落ち、ゲロッとかきこえたが構わずに廊下へ飛び出した。寝癖のついた自由な髪とシャツ一枚という格好は間違いなく問題だが今は考えられなかった。ただ、不思議な気分で足が地についていないような感覚が襲う。自らの感情をコントロール出来ないなんて久しぶりだ。これを何と呼ぶ?


派手に高鳴る心臓が狂ったメトロノームのようで滑稽で、でも少し嬉しかった






********


それからめっきり下級兵からの接触がなくなった。それは不思議なくらいぱったりと。もちろん理由はわかっていた。そのことを考える度に笑いが溢れる。カチリとモニターのスイッチを入れる。そこには緑の揺れる癖毛が映された。基地内ならばどこにいようと簡単に見つけ出せる。俺の城から眺める王子サマってところか。長い髪を垂らして待ち続けるお姫サマの意地の悪いこと悪いこと


くくっ、とまた笑いが込み上げた所、モニターの先の王子サマは上官に告げた




『クルル曹長をぜひ我がケロロ小隊に引き抜きたいと…』



さあその髪を登っておいで。その頬に触れるまであともう少し







*********



理解の出来ない感情があった。それは不可解で難解なものだった。それを理解するにはどうしたらいい?恋をする?誰に?恋は一体いつどのように出会うものなの?この体を美しいといったら?この体が気持ちいいといったらそれは恋?じゃあ触れてもいないのに熱くなるこの感覚はなに?アンタを目が追うのはなに?アンタにまた執着して欲しいと思うのはなに?この趣味の悪いシャツを返したくないと思うのは…ねぇなんで?



なーんてな。とっくに答えは知ってるぜ。なんてったって天才だからな。データから割り出せば一発だぜェ



けどやっぱわかんねェ。全身に巣食う感情はもう根をはっちまって体験どころか実験にもなりやしない。こんなんを望んだんじゃなかった


ただ、こんなにも強く俺を欲してと願ったのははじめてのことだった




この感情の名前を教えてくれよ、隊長?




end


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