数学の教科書



高等部に上がって一週間。


新しい制服、相変わらず奇抜な新入生代表の挨拶で始まった入学式、見知らぬ外部生がちらほらいる新しいクラス。


そんな真新しさに満ちた環境に囲まれた一週間。


俺は今非常に困っていた。




「やっべ……」




昨日宿題をやったまま家に置いてきてしまったに違いない。数学の教科書がない。
どうすっかなあ、なんて頭をかいた時だった。隣から「ねえ、」と小さな声が聞こえたのは。




「もしかして教科書ないの?」


「え、ああ。昨日宿題やったまま忘れちまったみたいでよ。」




声をかけてきたのは隣の席の佐野だった。多分喋ったのはこれが初めて。

斜め前の小西が可愛くて、そっちの隣の席が良かったな、なんて失礼なことを思ったのがちょうど一週間前のこと。




「もし良かったらわたしの使っていいよ。わたし今日もう早退だから。」


「マジ?具合わりぃのか?」


「うん、別になんともないんだけど熱があって。だから、はい。」




佐野はそう言って俺に数学の教科書を差し出した。
なんだ、こいついいヤツじゃん。




「サンキュー、助かるわ。明日返すな。」


「うん、じゃあね。」


「おう、お大事に。」


「ありがと。」




佐野は小さく手をふって教室を出て行った。つーかアイツ身長小せーし。完全にブレザーに着られてんじゃん。

その後ろ姿がなんだか面白くて笑えた。