小話 | ナノ


 

 瑞樹に愛されることによって,敵意以外の感情に疎かった秋一が「さみしい」とか「愛されたい」とか受け身でパワフルな感情を知る。
 真司にとって共感できるものであり,羨ましくもあり,すべてを剥ぎ取りたい衝動に駆られる。

「お前は愛されることを知っていたんだ」

 かつて秋一の恋人がかけたであろう言葉に,秋一は目を瞑った。
 思い出から力を得ようとするように。
 秋一には居心地のよかった何もない世界から,瑞樹は手を引いて連れ出した。
 息をするのに苦しかった世界は,瑞樹という酸素で息を繋いでいたのに。

「秋一!」

 言葉を覚えたあいつの息子が,秋一の名を呼ぶ。

「瑞貴」

 秋一は正しく,瑞貴の名を呼ぶ。
 足元に縋りつく瑞貴の頭を愛おしむように撫でる。

「緒方,あのな」

 優しい笑みを湛えて,秋一は言う。

「僕,愛されてたよ。そして今,お前たちに大切にしてもらってる」

 全部,瑞樹のおかげだ。
 くすぐったい甘さを含む囁き声。

「羨ましい?」
「ああ」

 この気持ちはきっと,秋一だけが透かして見ることができる。
 愛を貫いた者だけが。


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