Grand Blue Sky.


スパイクを打ち切り、迷いを振り払って自ら答えを掴んだ旭さんが、スガと西谷くんと笑顔で言葉を交わしている。

ずっと旭さんとプレーして来た部員達の涙はもう引いているのに、私のそれは暫く止まりそうもない。どこかいたたまれなくて、そっと体育館から出る。

見上げた先の澄んだ青空が潤む視界に反射してやけに眩しく見えた。

それからぼうっと空を見つめ続けて、クリアになっていく視界に長く息を吐く。晴れ渡る空と同じようにどこか清々しい思いを抱きながら、一度だけ深く瞼を閉じて最後の雫を眦から零した。

そうして漸く戻った体育館では先程のゲームが終わり、第2セットが始まっていた。

「日向!少し下がれ!」

上げられたトスの先、旭さんのスパイクモーションに大地が声を上げる。けれど、その言葉を掛けられた当の本人は心ここに在らずといった感じでただ対峙するエースを眺め続けていた。

そして旭さんから放たれたスパイクはブロックに触れることも無く、バガァンという派手な音を立てて日向の額に突き刺さる。

皆が口々に叫び声を上げたり、彼を案じる言葉を投げる中、私は日向に駆け寄って彼の目の前に指を立てた。

「何本か分かる?」

「ぅ、いっ、一本です」

それから今いる場所や手足の痺れの有無を確認する。日向の返答から、脳震盪は起こしてない様だと判断して繋ちゃんとアイコンタクトを取った。

念の為に休憩を、と提案する大地に日向がぶんぶんと首を振る。元気そうな日向の様子に周りの空気も少し緩んだ、その瞬間。
ピシリ、と場の温度が下がる。皆が冷や汗を浮かべながら振り返った先には、いつか見た静かに憤慨する影山の姿があった。

「なにボケェーっとしてた……試合中に」

どす黒いオーラを放ちつつ、影山が日向に詰め寄る。言葉にならない声をひとしきり上げて、日向がそっと影山から逃げるように視線を逸らす。

「……俺は知ってるぞ。
【エースはかっこいいけど、自分の一番の武器が囮なんて地味でかっこわるい。自分に東峰さんみたいなタッパとかパワーがあればエースになれるのに】」

「そっ、そんなこと思ってない!……くも、ない、けど……」

勢いよく反論を口にした日向は、影山にギロリと睨まれて微かにそう付け足した後、爪先を見つめ続ける。

「……エースが居るってわかってから、興味とか憧れとかの他に──嫉妬してたろ。
試合中に余計なこと考えてんじゃねーよ」

影山の言葉に日向は両の手をギュッと握り締めて、絞り出すように口を開いた。

「……羨ましくて、何が悪いんだ。
もともとでっかいお前になんか、絶対わかんないんだよ!!」

二人を包む険悪な雰囲気に、大地が止めに入ろうとしたところで体育館の扉が開く。その先には部活の終了を告げに来た教員の姿があった。
この試合が終わるまで、と武田先生が渋る彼を説得して時間の延長を勝ち取る。部員達に振り返って親指を立てる武田先生はとても頼もしかった。

「よし!じゃあ続き始めよう!」

大地の声に皆がポジションへと戻っていく。中断されたゲームの再開を知らせる笛が鳴る直前、影山が日向を指さしてネットの向こうに対峙する滝ノ上さんと旭さんに言葉を投げる。

「次、コイツにトス上げるんで、全力でブロックしてください」

滝ノ上さんは暫し面食らった後、面白いからその挑発乗ってやる、と笑う。
来ると分かっている速攻程止めやすいものはなく、ブロックと真っ向勝負になったら日向に勝ち目なんてない。そうボヤく繋ちゃんに、私も概ね同意見だった。

「──今のお前は、ただの【ちょっとジャンプ力があって素早いだけの下手くそ】だ。
大黒柱のエースになんか、なれねえ」

容赦なく言い放つ影山に、日向はその表情を歪める。他の部員達からの制止も振り払って、影山は続けた。

「でも、俺が居ればお前は最強だ!」

真っ直ぐな眼差しが日向を射抜く。愚直とも言えるその強い視線には、確かに滾る熱が燃え上がっていた。

笛の音が鳴る。嶋田さんから放たれたサーブを縁下くんが綺麗に影山へと上げた。けれど助走に入る日向の目の前には、ピッタリと張り付く3枚の壁。

「躱せ!!
それ以外にできることあんのかボゲェ!!」

影山が叫ぶ。日向はネットの横幅を目一杯使って走り出す。それにも食らいついてくる3枚ブロックは、跳躍の為に膝を曲げた彼の前に壁を築いている。

しかし日向は上にではなく、後ろに飛んで再び駆け出した。その位置でスパイクを打つと決め付けていたブロックは、日向の動きに一歩出遅れる。

そして、その一歩は、バレーにおいて絶対に追い付けない圧倒的な差に変わる。
影山の放つ、矢のようなトスを除いて。

ブロックが触れることも出来なかった日向のスパイクは、後衛の嶋田さんの腕を弾いて床に突き刺さった。

「お前はエースじゃないけど!そのスピードとバネと、俺のトスがあれば、どんなブロックとだって勝負できる!!
エースが打ち抜いた1点も、お前が躱して決めた1点も、同じ1点だ」

──"エース"って冠がついてなくても、お前は誰よりも沢山の得点を叩き出して!だからこそ敵はお前をマークして!他のスパイカーはお前の囮のお陰で自由になる!
エースもだ!!

「ね!?」

影山は一息にそう叫ぶと、ぐるりと振り返って田中に同意を求める。田中はその勢いに圧されながらも、諭すように口を開いた。

「おうおうそうだぞ!
お前の囮があるのと無いのとじゃ、俺達の決定率が全然違うんだぞ!」

「それでもお前は、今の自分の役割が、カッコ悪いと思うのか!!」

田中の一言に影山は更に勢いを増して日向に食って掛かる。彼は肩でぜえぜえと息をしながら日向の返答を待っていた。

「……おもわない」

「あ?」

そう答える日向の声はか細く、影山が更に顔を顰めて問う。日向はスパイクを打って熱を帯びているであろう右手を強く握りこんで今度こそしっかりと言葉を紡ぐ。

「思わない!!」

「よし!!」

そんな二人のやり取りに呆気に取られていると、試合を中断させたことへの謝罪と続きを願う二つの頭が揃って下げられた。

そしてその勢いに苦笑いを浮かべつつ承諾した大地の一言で再び試合が再開される。

日向と影山が最近出会ったことを武田先生に聞いた繋ちゃんの"非情だな"という小さな呟きが、やけにはっきりと耳に残った。



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