失われた日々への約束
「リベロだろ?」
俺のその声に、目の前の細い肩が揺れる。影の落ちた表情が全てを肯定しているように見えた。逸らされた視線を逃がさないように、腰を屈めて彼女の瞳を覗き込んだ。
「どこかで、聞いたことがあると思ったんだ。お前の名前」
何となく検索エンジンに打ち込んだ彼女の氏名は、哀しく彩られていた。
"天才リベロ、インターハイにて選手生命を断つ"
どの記事の見出しもそのような文字が躍っていた。誰にでも、それこそ俺らにも起こりうる試合中の接触事故。彼女のそれは偶然が偶然を呼んで、悲劇と化した大事故だった。試合だけじゃなく、インターハイ女子決勝戦の生中継すら一時的に中断され、詳しいことは何も発表されないまま彼女はバレー界から姿を消したのである。チームメイトの怪我を乗り越え優勝した彼女の高校はメディアにも大きく取り上げられ、その功績を讃えられた。同時に将来を期待されていた彼女の名前は優勝の二文字に霞んだ。多くの記事に載せられた、優勝トロフィーを抱えて笑みを浮かべる選手たちの写真の中に、彼女の姿はなかった。
「もう、バレーはやらないから」
俺が口を開く前に、淡々とした冷たい声が鼓膜を揺らす。凛とした瞳に、思わず言葉を失う。
「アドバイスもサポートもやれるだけのことはやるつもりだよ。でも、私はもう選手にはなれない。技術的なことを手取り足取り教えるのは私の仕事じゃない」
きっぱりとした声には、確かな決意が宿っているように感じられた。何もかもを見透かしたような言葉に、思わず苦笑いを零す。喉まで出掛かった思いを飲み込んで、俯いたままの黒髪を眺める。
「古傷抉るような真似して悪かった。それでも、俺たちにはお前の力が必要だ。明日の練習試合、何でもいいから思ったこと、感じたことを言ってほしい」
「……うん、任せといて」
かち合った瞳は、もう揺れていなかった。
名字の背を追うようにして体育館に入れば、落ち着かない様子のスガが駆け寄ってくる。名字が一体何者なのか突き付けられ、彼女に今の心持ちを問おうとした俺に対し、そっとしておいたほうがいいんじゃないのかと彼は主張した。結局、スガの言葉には聞く耳を持てなかったのだが。
「ど、どうだった?やっぱ本人なんだよな……?」
「おう」
「……そっか」
ただ肯定を返しただけだったが、スガがそれ以上訊いてくることはなかった。俺が不用意に彼女を傷付けたということを、何となく察しているのだろう。
重たい沈黙に包まれかけていれば、乾いた音と共に背中に痛みが走った。
「3年がそんな顔してると後輩が気負っちゃうでしょーが!」
痛みの原因は名字に背を叩かれた所為であると、振り返らずもその声で理解できる。それだけを吐き捨てて清水の元へと駆ける名字に思わず、強いなと声が漏れた。