つながりたいだけだった3



ここは図書室だ。それはわかっている。
誰か来るかもしれない。それもわかっている。
けれど、衝動を抑えられなかった。ジ、と音を立ててファスナーを下ろす。
紫苑は抵抗しない。
「……性器、見せてください」
「見てどうするの?」
「どうもしません。見たいんです」
「そうなの」
勢いよく、下着と一緒に制服のズボンを下ろす。
紫苑は焦った様子も見せない。こんな場所で、下肢を丸出しな事実にも関わらず。
恥ずかしいのは紫苑なはずだ。

スケッチブックに描かれていたような、紫苑の性器をじっと見つめる。最後のページのように、勃起していない。
いびつな形が何やら愛しかった。彼にも自分と同じものがある。そんな当たり前のことが嬉しかった。


「トーリ、きみは変な子だね」
「自分でもそう思います。でも……紫苑さんも、大概変です」
「そうだね」
ふふっ、と紫苑は笑った。
こんな風に優しく笑う彼は、情事の際に一体どうやって乱れるのだろう。どんな声を上げて、どんな表情を晒すのだろう。そんな紫苑の全てを知っている『彼』が羨ましかった。
ぼんやり考えながら、トーリの手は紫苑の淡い下生えを撫でていた。ふわふわと感触を楽しむと、手を更に奥へと忍び込ませたくなる。
「だめだよ」
顔を上げると、紫苑はこちらを見下ろして「触っちゃだめだよ」ともう一度言った。
「……はい」
素直にトーリは頷いた。従順な下僕のように。


紫苑の性器を散々間近で観察して、トーリは紫苑の下肢を元に戻した。ズボンを上げて、下着を上げて、ベルトを締めた。
自分でも何がしたかったのか、分からない。
それで満足したのか?
そう問われれば、「分からない」と答えるだろう。自分自身のことが何もかも分からなかった。何をしたいのか、何を望んでいるのか。紫苑とどうなりたいのか。



トーリは紫苑の正面に向き直ると、丁寧にぺこりとお辞儀をした。
「ありがとうございます」
性器を見せてくれてありがとうございます、なんて変な話だ。
「……それでいいの?」
「いいんです」
そう言ってトーリは少し屈んだ。それはもう衝動的で、何も考えずに行動していた。
薄く開いた紫苑の赤い唇に、自分のそれを押し当てていた。
押し付けるだけの拙いキス。

「これは何のキス?」
「よくわからないキスです」
「そう」
紫苑は微笑んで、自分より背が高いはずのトーリの頭を撫でた。幼子のような気分になる。
「じゃあね、トーリ」
ゆるく手を振り、紫苑はスケッチブックを持ってその場を去っていく。
しかし、出口とは反対方向だ。



トーリはしばらくその場に立ち尽くしていたが、結局紫苑が姿を消した方へ足を進めた。
図書室の一番奥には、壁に似た乳白色の鉄製のドアがある。
そのドアの先は地下へと通じているはずだ。貸出禁止の書籍や重要文献が、図書室真下の大きな書庫に保管されている。
いつもそのドアは鍵がかかっていて、生徒では開ける権限がない。
しかし、今日は何故かドアの鍵が開いていた。紫苑はきっとこのドアの向こうへ消えたに違いない。


興奮しているのだろうか。感覚が麻痺していた。
何も考えず、トーリはドアをゆっくり開けた。音を立てないようにそっと重いドアを閉める。
地下へと続く螺旋階段は薄暗く、冷え切っている。外界の音が遮断されて、何も聞こえない。
いや、何か聞こえた。話し声だ。
トーリは足音に気を配りながら、ゆっくり螺旋階段を下る。だんだん音の主がはっきりとしてきた。


「あっ、どうして……! ふぁっ」
「今の、誰?」
紫苑は螺旋階段の終わりで手すりにしがみついて、腰を突き出す格好をしている。先ほど自分が元に戻したはずの下着や制服のズボンは、紫苑の足元でくしゃくしゃになって落ちていた。
真っ白な太ももが曝け出されているのが、ここからでも分かる。
「誰って」
「とぼけるな」
紫苑の細い身体を揺さぶっている人物が一人。美しすぎるその横顔に、見覚えがあった。
あれはイヴだ。
演劇部の花形で、様々な噂が絶えない色男だ。その美貌で、相手が男だろうと女であろうとも浮ついた噂をよく耳にする。
彼自身と面識はなかった。


「んんっ」
「おい」
「ただのクラスメイトだよ……」
「あんたはただのクラスメイトとキスする訳? あんなところで下半身を晒す訳? ……変態?」
囁くような二人の会話の合間には、紫苑の微かな喘ぎ声が混ざる。
「見てたの……? ぼくは、変態じゃ、ない……ァアッ」
「ふぅん。学校で、こんなところで、ここをこんな風にしておいて?」
先ほど、紫苑に「触っちゃだめだよ」と窘められた場所にイヴは手を伸ばしている。紫苑はそれを許している。
怒りに似た焦燥が全身を苛んだ。
あの紫苑でさえ、イヴの毒牙にかかっていたというのか。
無遠慮に紫苑の奥まった箇所へ手を忍び込ませたイヴは、激しい水音を響かせている。
「あ……ぁ、やだ、やだぁ」
さらにイヴは紫苑に覆いかぶさり、激しく腰をグラインドさせる。紫苑は嫌々をするように、首を左右に振っていた。
密閉された空間に、二人の荒い息遣いが響く。
何をしているかなんて、もちろん明白だった。


「怒ってる?」
「あんたがおれを怒らせたいんだろう?」
「ネズミが怒っている表情はなかなか魅力的だよ。普段も魅力的だけれど」
「ふぅん。それで? あの絵、見せたのか?」
「……ネズミはどうして、ぼくを描くの?」
紫苑は質問に対して、質問で返した。
「その意味があんたに分かる頃……おれたちは変わってるかもな」
「どういう……あっ」
「おれ自身が変わっているかもしれないし、あんた自身が変わっているかもしれないし、おれたちの関係が変わっているかもしれない」
「意味が分からないよ……」
「そうだな」
紫苑が言っていた『彼』とはイヴだったのか、と合点がいった。
勝手に『彼』とは自分たちより年上の、大人の男だと思っていた。まさか同い年の少年とは思わなかった。



その時、びくり、と紫苑が喉仏をさらけ出すように上を振り仰いだ。
階上にいたトーリの目と、紫苑の目が合う。

紫苑はトーリがこの場にいることを気づいていた。気づいていて、この行為を止めようとはしない。
にっこり、紫苑は笑った。
その笑顔はどこか狂気的で、トーリは思わず恐怖を感じるほどに身震いした。
「どこまでついて来る気だい?」
と問いかけているようで、
「ぼくはきみに捕まらないよ」
と牽制されているようだった。
紫苑はイヴしか欲していなかった。イヴしかその瞳に写していなかった。確かに目が合っているはずなのに、彼はイヴを見ていた。
そして、イヴもまた……



乾いた笑いが唇から漏れる。
どいつもこいつも、ただ「つながりたいだけだった」訳だ。
いくら理由を重ねようと、その本質だけは揺るがない。
未熟で狂った、たった一つの願望。


紫苑もイヴも……そして自分も、それぞれの「つながり」をたぐり寄せることに必死だった。



END






Thank you title by 居留守

「つながりたいだけだった」




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