甘いお菓子は口実で2


「ポッキーの日だって。知ってた?」
紫苑はネズミの部屋でお菓子を広げつつ、ネズミに聞いてみた。彼はテレビの電源を入れている。
「へえ……お菓子会社も必死だな」
「でも、こういう機会がないとあんまり食べようとか思わないからさ」
「べつに無理して買う必要は無いんだよ、おぼっちゃん」
「なんだよ、ネズミにはポッキーあげない」
少しムキになって、紫苑は一人でもそもそとお菓子のパッケージを開けた。
「拗ねるなよ」
ネズミはくっくっ、と肩を揺らして笑う。こんな笑い方、学校では滅多に見せない。自分の前では、心を許してくれているのだろうかと思うと、嬉しくてたまらなかった。
ネズミは優しい。
「ねえ、ネズミ」
「ん?」
紫苑は緊張する心を紛らわそうと、ポッキーを口に含んだ。隣に座ってぼんやりテレビを見ているネズミが、生返事をしてきた。
「無理して……ぼくに付き合うことはないんだよ?」
「はあ?」
ネズミが眉間にしわを寄せて、振り返る。少し機嫌が悪い。
紫苑は誤魔化すように、かりかり、音を立ててお菓子を囓る。
「もし……ネズミに本当に好きな人ができたのなら、恋人を作るべきだよ。ぼくに気を使わなくても……」
「おれがいつ、あんたに気を使った?」
「だって……あんなに告白されているのに、誰とも付き合わないし。他の女の人に誘われても、ぼくとの約束を優先してくれるし」
「告白を断ったのは、みんなタイプじゃなかったから。あんたとの約束を優先したのは、あんたと先に約束していたから。……何か不自然な点でもある?」
「な、無い、けど……」
うまく言えない。伝えたいのに、うまく言葉が出てこない。伝わらないことがもどかしい。
「あんた、何。おれといるのが嫌なら、はっきりとそう言えば?」
「違う! それは絶対違う!」
いよいよネズミの声が怒気を含んできた。はじかれたように、紫苑は首を左右に振って否定をする。
「ネズミと一緒に過ごすの、嬉しいよ。楽しいよ。でも……時々すごく、辛くなる。ネズミが無理してるんじゃないかって」
「おれは嫌いな奴と過ごすほど、出来た人間じゃない」
「うん……」
それは、そうなんだけれど……だんだん声が尻すぼみになっていく。
隣でネズミは長いため息をついた。ため息を嫌う彼が。
きっとネズミは呆れている。意味不明なことを言い出した自分に、嫌気が差しているに違いない。
沈黙が恐くて、紫苑は再びお菓子をかりかりと囓った。
「……それ、何味?」
紫苑が口に含んでいるお菓子を差して、ネズミが唐突に尋ねた。
「つぶつぶいちご」
「ぷっ……いちごかよ」
「食べる?」
紫苑はパッケージをネズミの方へ差し出す。口に含んだお菓子は、三分の二ほど食べ終わっている。いちごの風味が口いっぱいに広がっていた。

「貰う」
そう言って、ネズミは身を乗り出してきた。
けれども、ネズミは紫苑の手からお菓子を受け取ろうとはしなかった。あろうことか、紫苑が口に咥えていたポッキーの先を自分の口に含んだのだ。もう三分の二は食べ終わってしまっているというのに。顔と顔が近すぎて、唇が触れ合ってしまった。
ぱきり。
細長いお菓子が音を立てて折れた。折ったのは紫苑の方だった。
「な、なに……?」
今、ネズミとキスをしてしまった。みるみる顔が朱に染まっていく。
ネズミはと言うと、不敵にふふっと笑った。まったくもって余裕の表情。
「味見」
「あ、味見って……それ、チョコレート付いてない部分だから……ただのビスケットの味しかしないだろう」
動揺し過ぎて、変なことを言っている。これくらいで赤面してしまう自分はおかしいのだろうか?
「うん。でも、紫苑が触れた場所だから」
「え?」
「いや、チョコの部分貰える?」
無言で紫苑が再びお菓子のパッケージを差し出す。しかし、またもやネズミは受け取ろうとしなかった。差し出した腕を掴まれ、逆に強く引っ張られた。
「ちょっと、ネズ……!」
今度は完璧に、唇と唇が合わさった。後頭部に手を回され、深く口づけをされる。
「んぅ!」
舌が差し込まれる。紫苑の口内を、ネズミの熱い舌がかき乱した。
鼻から抜けるような、すっかり熱に浮かされた声が零れる。

呼吸ができなくて、ネズミの胸板を叩く。苦しい。
やっとのことで離されると、彼の唇と自分の唇を銀色の糸が繋いでいた。満足そうにネズミが笑う。

「いちご味も結構いけるな」
「な、何をするんだ、きみは……!」
「キス」
「なんで」
「黙って、紫苑」
また唇を塞がれた。ネズミの柔らかい唇と舌の気持ちよさに、溶けてしまいそうだった。
ちゅ、ちゅっ、とリップ音と微かな水音を立てて、ネズミは紫苑の唇を貪った。気がつけば、紫苑からもネズミに舌を絡めていた。


「何も喋っちゃ駄目」
そう言って、ネズミは意味ありげに紫苑の太ももの上に手を優しく置く。
「嫌なら抵抗しろよ、紫苑」
「ネズミ」
何度も何度もキスを繰り返す。
「ほら、抵抗しろよ紫苑」
無理に決まっている。受け入れるに決まっている。
ネズミは紫苑の唇を優しく食んだ。
「これが最後だ、紫苑。嫌なら噛み付いて抵抗しろよ」
紫苑は乱れた呼吸を整えつつ、うっすら微笑んだ。



――ぼくは犬じゃない。彼のペットになりたいわけじゃあ、ないんだ。


瞳をそっと閉じる。


もう、昨日には戻れないかもしれない。
それでも良かった。



END



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