視覚2
Wは自分の感情を隠している。例えばそれは家族への愛情だったり、本人が絶対に認めない寂しさだったり、思わぬ事で神代璃緒を傷つけた罪悪感だったりする。
アジアチャンピオンとしてのWを知っている人にとっては、彼は紳士的な男性。神代凌牙にとっては、彼は妹を傷つけた張本人。神代璃緒にとっては、彼は兄を陥れた張本人。トロンにとっては、彼は恐らく都合の良い駒。Xにとっては、彼は大事な弟。Vにとっては、彼は大切な兄。わたしにとっては―――彼は寂しがりの甘えん坊。

「…ナナシ。何考えてる」

お腹の辺りからWのくぐもった声が聞こえて、わたしは口元に小さな弧を描いた。
今のWは、幼い子供のように拗ねているのだ。Wと一緒にいるのに、わたしが違う事を考えたから。…考えていた事はベクトルの違う事ではない、どころかWの事なんだけどね。なんて。
手探りで探り当てたWの頭を抱きしめながら、髪を梳く。前髪と後ろ髪でほんの少し感触が違う。

「んーとね。Wはかわいいなーって」
「はァ? テメェ、頭おかしいんじゃねぇのか」

威嚇するような口調とは裏腹、トロンやXに反抗する時のような覇気はその声にはなかった。この声が彼なりの照れ隠しだと知ったのは、つい最近の事だ。

「酷い事言うなぁ。そんな事を言う君にはこうだ、えいっ」
「ッ! ばっ、か、やめろ!!」

男の子にしては細い腰やお尻をつんつんとつつくと、Wは酷く慌てて身を捩った。流石に暴れられるとどこかにぶつかるかもしれないから、素直に手を止めてWを解放する。
お腹から離れていった温度が寂しいと言ったら、呆れられるだろうか。「懸念」と称するにはごく薄いその感情をひた隠して、わたしは手を伸ばした。

「ごめん、ごめん。もうしないから、許して」
「…ったく」

小さな子供を窘めるような声が聞こえて、同時にわたしの手は絡め取られた。それを認識するや否や、ぽすん、と抱き寄せられる感触。わしわしと荒っぽく頭を撫でられる感触で、Wに抱きしめられたのだと、ようやく悟る。

「―――ねぇ、W」
「何だよ」
「わたしはWとこうしていられて幸せだよ。Wがこうしてくれて、同じ事をWにする事ができて、Wがいてくれて、幸せだよ」

Wの背中に腕を回しながらそう言うと、ずっとわたしの頭を撫でていたWの手がぴたりと止まった。

「…急に何言ってやがる」

吐き捨てるような言葉にも、「馬鹿」と付け足された声音にも、罵倒や嘲弄といった感情はなかった。そう、さっきのような、照れ隠しの声。
聞く人にとっては本当に苛立つ態度なのかもしれないけど、わたしは違った。Wのこういう声を判別できるのはわたしの特権だ。苛立つどころか、嬉しい。

「言いたい事をはっきり言うのがわたしのモットーなの」

喜びを隠さないままに告げる。そうかよ、なんて返すWの腕の中、自分の顔がにんまりと歪んでいくのを自覚した。ついでに笑い声が零れた。

「何笑ってんだよ、気持ち悪い」
「んふふー。さっきも言ったでしょ、わたしは幸せなのです」
「……わけわかんねぇ」

愚痴るように言いながらもWはちゃんと抱きしめてくれた。
幸せだなぁ。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -