触覚2
「機械って、欠陥があるとすぐになおしてもらえるよね」

不意にナナシが呟いた。ブルースはサングラスの下から彼女を見やり、無言で話の続きを促す。

「なおせなくなったらどうなる?」
「…廃棄されるだろう」
「うん。不公平だね」
「不公平?」

皮肉めいた笑みに唇の端を歪め、ナナシはその場でくるりと回った。長い髪とワンピースの裾が翻り、黒越しにもブルースの視界を彩った。

「ブルース達は見捨てられる。なのにわたし達はなおしてもらえる。不公平だよ」
「俺達ロボットは替えがきく。どうしようもない異常が見つかれば廃棄されるのは当然だ」
「そもそもそれがおかしい。わたし達人間はどうしようもない状態になったら―――皆して、一分一秒でも永らえさせようとする。…ブルース達にだって心はあるのに、不公平」
「…俺達の心は所詮作り物だ」
「そうかもね。でも、心は変わっていくよ。心は心を打つ。打たれた心は響く。そうやって、ずっとずっと、心は変わっていくよ。それはブルース達だって一緒」

皮肉っぽい笑顔はそのままに淡々と言い続けるナナシの意図がわからず、ブルースはぐっと眉根を寄せた。サングラスに隠れてその表情は見えないはずなのに、ナナシは見透かすように両目を細めた。

「ねぇブルース、どうしてまともな心を持たないわたしが廃棄されないんだと思う?」

いたみもくるしみもあつさもさむさもつめたさもあるいてるのもはしってるのもねてるのもおきてるのもきもちいいのもきもちわるいのもいきてるのもしんでるのもなぁんにも感じないのにわたしは何もしらないのに。
一息にそう言い切って、ナナシは首を傾げた。ブルースは無言のまま。

「触れられてる感覚があって初めて人間のこころは育っていくって誰かが言ってた。そりゃあそうだよね、苦痛がわかれば煩わしさがわかるだろうし、快楽を知れば欲が出てくるんだろうし。でも、それじゃあわたしは一生こころが育たない事になる。だって、その全部がわかんないんだから。なのにどうして廃棄されないの? わたしが人間だから? それってずるいよね」

くるり、もう一度ナナシが回る。ぶわりとブルースの視界が彩られる。
そうしてブルースに向き直ったナナシは、泣きそうな顔で笑った。だが笑っている事も、悲しんでいる事も、本人は知らないのだろう。

「わたしもロボットだったらよかった」

ブルースは何か言おうと開きかけた口を噤んでナナシから視線を逸らした。
彼女が言いたいのはそういう事ではない。もっと単純で、もっと複雑で、もっと根本的で、もっと先にあるような、ブルースの思考回路が及びもつかないような事のはずだ。以前、似たような口論をした時にデータで処理しきれない事を言われた。

「ブルースの方が、よっぽど人間っぽいよ」
「…それはそれは。笑えない冗談だ」

言葉とは裏腹にブルースはくつりと皮肉っぽく笑んだ。ナナシは自嘲気味に笑み返すだけだった。



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