味覚
ケーキ? 嫌い。スポンジケーキのぱさぱさした感じが嫌い。
クッキー? 嫌い。雲母を剥がしたり砕いたりしてるような感じが嫌い。
プリン? 嫌い。舌にまとわりつく感じが嫌い。
ムース? 嫌い。舌の上でムースの泡が潰れてくのがわかるから嫌い。

「じゃあお前、何が好きなんだ」

ナナシの言葉を受けたゼロは面倒臭そうに眉を顰めた。
有名パティシエが経営する店のチラシを覗いていたナナシに、菓子が好きなのかと問うたら先の返答だ。
スイーツのチラシを見ているからには相応に甘いものを好んでいるのだろうに、彼女はゼロの挙げるもの全てを「嫌い」の一言で一蹴する。
ナナシはぱちくりと瞬いてチラシを折り始めた。口を開く。

「ないよ」
「は?」
「好きな食べ物なんかない」

耳を疑った。何を言っているのだ、彼女は。
しれっととんでもない事を言ってのけた彼女はチラシを複雑に折っていく。折っては開き、折っては開き、それを繰り返す。
ゼロははぁっと溜息を吐いて首の後ろを掻いた。男性型レプリロイドにしては、否、女性型を含めても異様に長い金髪が揺らぐ。

「お前、世の中の料理人に殺されそうだな」
「だってしょうがないでしょ。味がわかんないんだもん」
「は?」

本日二度目の盛大な疑問符。ゼロは不可解なものを見る目でナナシを見やった。実際、不可解だった。今彼女は何と言った?
ナナシはせっせとチラシを折りながら、一度だけゼロに視線をくれた。

「生まれつきね、味がちっともわかんないの。味覚障害。味がわかんないから、舌触りがどうだとか喉越しがどうだとか、わたしにとってそんなのは全部『口の中に異物を突っ込まれてる』って状態なんだ」
「………」
「もうほんっと、嫌になるよ。でも食べなきゃ人間は死んじゃうでしょ。…要するにないものねだりだよ。味を楽しめない人間が、味を楽しめる人間を羨んでるんだ」

チラシが形を成していく。ナナシの目元を見てみれば、汚物でも見るような視線をチラシに向けていた。ゼロは何も言わない。

「まぁ、でも、見てる分には好きだし甘い匂いは好き。ただ食べるのが嫌いなだけ」
「そんな目をしながら言う事か?」
「どんな目かよくわかんないけど、見ると食べる事まで連想しちゃうからだろうね。見るのが好きなのは本当だよ」

言葉の割にはその目付きはやはり鋭い。何を思っているのだろうとゼロは観察を続けるが、すぐに飽きた。視線を外して腕を組む。

「わたしもレプリロイドだったらこんな思いしなくてよかったのに。人間なんて面倒なだけだよ」
「レプリロイドはレプリロイドなりに面倒な事が多いぜ。特に俺達戦闘型は、いつも前線に立たされる。…シグマウイルスの事もある」
「じゃあゼロは人間だったらよかったって思った事あるの?」

思わぬ問いに言葉が喉の奥に引っかかった。再びナナシに視線を向ければ、彼女はチラシを折る手を止めてゼロを見ていた。かちりと視線が合う。
チラシを見ていた時とは違う、あまりにも無感動な目だった。

「…ないな」
「でしょ。そういう事だよ」

そういう事、と言われてもゼロにはピンと来なかった。眉間に皺が寄るのを感じた。ナナシはさっと視線を外して再びチラシを折り始めた。どうやらこれ以上は言うつもりがないらしい。
もやもやしながらも、それなりに長く付き合っているこの少女に追求が無駄である事を熟知しているゼロはがしがしと首の後ろを掻いた。

「…できた」

少しばかり弾んだ声が聞こえて顔を上げる。ナナシの満足そうな視線が手元に向けられていた。
つられて視線を下ろせば、チラシで作られた薔薇の花が小さな手の中で踊らされていた。



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