左目
※Wの右目が失明している捏造設定です。





俺が右側、ナナシが左側。それがいつものポジションだ。遠近感に欠ける互いの視界を組み合わせるように、俺達は手を繋ぐ。ナナシが右手、俺が左手。歩行に合わせて揺れては視界の端を掠める手に、互いに両目のある恋人のような心持になった。実際には、俺達は左右逆に両目を揃えているだけだった。俺が右側で左目、ナナシが左側で右目。まぁ、それも悪くはない。
右の額から頬にかけて負った傷が元で失明した俺とは違い、ナナシにはずっと昔から左目がない。生まれた時の病気だか何だかで摘出したと聞いた。硬くて柔らかいスーパーボールのような義眼をその眼窩に入れる事で、片目のナナシは両目の群に紛れ込んだ。

「物心ついた時からこうだから、あんまり不便じゃないよ」

まだ俺の目が双方機能していた頃、静かに笑いながらそう言って俺に寄りかかったナナシの横顔が脳裏に焼きついたのを、鮮明に覚えている。
ナナシは確かにそのハンデをハンデと思っていないようだった。自分の欠点を理解した上での振舞いはあれど、ナナシがそれを厭う素振りを見せた事はただの一度もなかった。
加えて例えばカードを手にする時や、食事、買い物、掃除、料理、様々な場面で手探りな様子を見せたが、それを恥とも思っていないようだった。手探りといっても、両目の揃ったヤツで言う「目測を誤った」が多いだけの事だと、ナナシは当然のように言ってのけた。お陰でナナシの手先はやや不器用だったが、それでも器用な部類に入っていたのだと、右目の光を失って初めて俺は実感した。
片目が利かないのは随分と不自由だった。今まで二つで担っていた役割を一つに押し付けるから、残った左目の負担は大きく、すぐに疲れた。具体的に言えば目が重く痛くなった。片目では遠近感がないと聞くから平面的に見えるのかと思っていたが、実際には視界の端へ向かうほどに丸く歪んで見えて、「遠近感がない」のではなく「遠近感がわからなくなる」のだと知った。他にも距離がわからないから掴もうとしたものが掴めなかったり、ちょっとした段差を降りるのが酷く怖かったり、段差があると思ったらそんなものはなくて躓いたりして、思えば失明から最初の数ヶ月は無様な姿を晒していた。

「…お前、ずっとこんな世界で生きてたんだな」

たった一度だけ、俺が零したそんな言葉に「そうだよ」と頷いたナナシは、不思議そうに首を傾げてこう切り返した。

「Wはずっと両目があったんだよね。どんな世界で生きてたの?」

その問いに答える事なんかできやしなかった。その瞬間まで、俺が片目だけの世界をきちんと理解できなかったように。ナナシにだって、両目の世界を理解する事はできないだろう。まして、片目を閉じれば擬似的に片目の世界を体験できた俺とは違って、ナナシは疑似体験さえできなかったのだから。
しばらくして、俺は俺の世界を―――即ち左目だけの世界を当然のものとして受け入れられるようになった。ナナシとまるきり同じ、ではないが、似たような世界で似たような境遇で生きていけるようになった。そうなるまでには結構な時間がかかった。バリアンと戦っていたあの頃は、まだ完全には受け入れていなかったと思う。

「W、闇の護封剣一枚取って」
「自分で取れよ」

悪態を吐きながらもナナシが所望したカードを渋々手にして、スライドさせるようにしてその手元までぴったり弾き飛ばした。こんな他愛ない動作を迷いなくできるようになるまで、一年はかかったと思う。
気の抜けるような笑顔を俺に向けて「ありがとう」と言ったナナシも、当然のように確りとカードを摘み上げるとデッキの中の一枚と入れ替えた。俺よりずっと滑らかな仕草が羨ましくないと言えば嘘になるが、そんな事でいちいち目くじらを立てるつもりはない。と思った矢先の事だ。

「あ」

ばさ、と派手にカードが散らばった。ナナシの手元はすっからかん、つまりこいつがデッキを落とした。

「…うわ、わわわ! …あ、あっ」

ぱちりと瞬いて、ナナシは慌ててデッキを拾い集めようとした。が、上手くいかない。流石に慌てると慣れた目測も外れるものなのだろうか。比較的冷静を保っていられた―――もとい、呆れていた俺は溜息を吐いて一緒にデッキを集めた。何度か手元を滑らせたが、それでもナナシが集めるよりよほどか迅速にカードをまとめる事ができた。

「ほらよ」
「あ、ありがとう。…ごめん」
「しっかり持っとけ馬鹿」

離れ際にデコピンをした。つもりだった。弾いたつもりの中指の先は空を掻いた。反射的に目を瞑ったナナシが機能している右目だけを開けて、半端なところで止まっている俺の指を見て―――げらげらと笑った。
さてこいつをどうしてくれようか。念入りなファンサービスをするのは確定として、あぁそうだ、今後一週間は俺の着せ替え人形にでもしてやろう。
軽やかに笑い転げるナナシの顔を、怒り交じりに笑みを浮かべながらがしりと掴んで、俺は密やかにどす黒く決心した。
あぁ、こうして物理的に真正面から向かい合う分には、俺は優越感を得られる。欠けた視界をものともせず、ナナシの残った目だけを、俺の残った目だけで見ていられるこの喜びは、きっと誰にもわからないものだろう。
とはいえ、さっきのような醜態を見せないためにも、俺はもっとこの視界に、この世界に慣れる必要がありそうだな。



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