そういや母親から夕飯の材料と、ついでに雑誌を買ってきてくれと頼まれていた。そう思い出したのは櫂と一緒にカードキャピタルに行く直前の事だ。
雑誌だけなら帰りでも問題ないが、夕飯の材料となると話が変わってくる。夕飯の支度が遅れる、そうすると夕飯そのものが遅れる、すなわち空腹に長く耐えなくてはいけない。これは大問題だ。
そんなわけでカードキャピタルの前で櫂とはあっさりさっぱりした別れを告げて、オレはショッピングモールにいた。食料品売り場で目当ての食材を買い込んだ後、本屋に足を向けて雑誌を探す。
不親切な本屋だ、と来る度に思う。天井付近まで本棚として活用しているお陰で最上段はオレや櫂でも手が届きそうにない。しかも脚立らしきものも見当たらない。
このせいで歯噛みしている客は大勢いるだろうになぁ、なんて思いながら雑誌売り場に足を向け―――ようとして、止めた。見覚えのある制服を見かけたから。
オレと同じ後江の女子用の制服に身を包んだその女の子はきょろきょろと辺りを見渡して、困り果てたように上を見て、それから辺りをうろうろして―――挙動不審、この一言に尽きる。きっと上の方にある本を取りたいのに取れない、のだろう。
見た事ない顔だな、と首を傾げた。交友関係がそれなりに広いのは自覚している。から、同じ学年なら一度は会った事もありそうなもんだが、その子を見た事はない。多分。という事は、先輩か、後輩か。はたまた同級生で話した事がないだけか。
その子は時折傍を通りかかる店員を恨めしそうに見ていた。呼び止めて踏み台を借りればいいのにと思うが、その子は口を開こうとしない。店員も、話しかけられないのをいい事に彼女を無視している。
たまりかねて、声をかけた。

「なぁ」
「!」
「あ、悪い。驚かせたな」
「………」

驚愕の表情の次に警戒するような視線をもらって、へら、と笑った。女の子はオレを頭の天辺から爪先までじぃっと見てから、肩の力を抜いた。同じ学校の生徒だからだろう、気を抜いてくれたらしい。

「本取りたいんだろ? どれ?」
「……、…」

女の子は少し迷うような仕草をして、とつ、とつ、と目の高さにある棚の本を一冊ずつなぞっていった。五冊目で指先が止まる。それから、とんとんとんとん、と四回のノック。ただのノックじゃなく、一回ごとに指先を上にずらしていた。つまりこの棚の四段上の、五冊目の本、という事だろうか。
腕を伸ばして、それで少し足りなかったから、軽く背伸びして本を取った。知らないタイトルのライトノベル。帯を見るに格闘ゲームが原作らしかった。ビニールで包まれたそれを、彼女の目の前に掲げる。

「これでいいのか?」
「!」

頬を紅潮させて、彼女は何度も頷いた。ぽん、と手にしたライトノベルを手渡すと、嬉しそうに笑ってぺこりと頭を下げられた。
ここまでくれば流石に気付けた。この子はどうやら声が出ないようだ。風邪だろうかと思いもしたが、それならマスクをしそうなものだから違うのだろうか。

「大した事じゃねーって。じゃあな」

雑誌雑誌、と踵を返そうとしたところで、腕を掴まれた。反射的に振り返ると、小脇に本を抱えた彼女がブレザーから生徒手帳を取り出してオレに表紙を見せた。表紙には後江高校の文字と校章、それから彼女の名前が書かれていて、彼女の指先はその名前を指していた。ナナシというらしい。
ナナシはポケットに生徒手帳を戻して、オレに手を差し出して首を傾げた。促すような仕草に、あぁ、と思い至る。そういや名乗ってねーもんな。

「三和だ。三和タイシ」
「………」

み、わ、た、い、し。ナナシの唇がオレの名前をなぞった。やはり声はない。今の所、それで意思疎通には困っていないから別にいいだろう。櫂のように一応喋るくせに絶望的に言葉が足りないせいで誤解を招く、なんて事態にもならないのだから。
にっこりと笑ったナナシがオレの手を解放して、もう一度頭を下げてからくるりと踵を返し、レジに向かった。礼なんて別にいいのになぁ、と思いながらオレは改めて雑誌売り場に足を向けた。とりあえず、店員に踏み台を置くように進言しておこう。
後日、カードファイト部の部室に来たナナシが実は先輩だったと知ってオレはひっくり返りそうになった。



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