色覚
「イメージしろ」と、彼はよく言う。イメージ、想像、それは自分の頭の中に何かを思い浮かべ、作り出す事だ。と、わたしは思っている。
ではわたしにその「イメージ」とやらが可能かと問われると、ある一点において全くの不可能である、とわたしは答える。
そして彼も同じく、わたしに関するある一点において「イメージ」―――その前段階の「予測」が恐らく不可能であると、わたしは思っている。…思っているだけで、口に出した事はただの一度も、ない。

「イメージしろ…これが俺の本当の姿だ!」

彼が、トシキが、自身のエースモンスターを呼んだ。ドラゴニック・オーバーロード。相手は顔を引きつらせている。恐らくあの相手はオーバーロードのカウンターブラストでリアガードを吹っ飛ばされてはスタンドされ、吹っ飛ばされてはスタンドされ、最終的にヴァンガードを殴られて終わっていくのだろう。それが彼の必勝パターンだ。
わたしの想像通りの展開で、ファイトは呆気なく幕切れを迎えた。凶悪な笑顔を浮かべていたトシキはもう涼しい顔で、しかし眉間に微かな皺を刻んで席を立った。そのまま店を出て行こうとするので、半歩後ろを追いかける。

「お疲れ様」
「あんな相手、勝って当然だ」

トシキは「灰色」の髪を軽く揺らして視線を下げ、長い睫に縁取られた瞼で「暗灰色」の目を半分ほど覆った。
確かに、トシキの実力を考えればあんな相手に負ける事などありえない。恐らく先導アイチでもあの相手には勝てただろう。
「薄灰色」の制服の袖から覗く「微かに灰色がかった真っ白い」手を緩やかに取ると、トシキはちらと「濃灰色」の視線をわたしに向けた後小さく吐息した。拒まれてはいないと判断して微かに力を込めると、わたしのものよりずっと大きなトシキの手がくっと握り返してくれる。

「…トシキ」
「何だ」
「………」
「…ナナシ?」

名前を呼んでおいて黙りこくるわたしに怪訝な視線を送りながらも、トシキは怒る事はない。わたしはよくこういう事をしでかす。喉まで出掛かっている言葉を溢れさせないようにするために。
イメージしろと彼は言う。それはヴァンガードファイトで重要な事でもあるし、ファイトに限らす勝負事で勝利のイメージをすればそれは負けないという気概となり、勝利という道筋を示す事にもなろう。と、わたしは思っている。勿論、それだけで済む事ばかりではないという事は重々承知の上で、だ。
だからある一点においてわたしには全く「イメージ」ができないと、そもそも「イメージ」しようという気持ちを放棄しているなどと…言えるわけが、ない。
二度、三度、ゆっくりと呼吸をして、そっとトシキの繊細な手を握り直す。

「…今日は、晩御飯、どうしようか。一緒に食べる?」

結局、出てきたのはそんな当たり障りのない言葉だ。互いに一人暮らし、しかも都合よく部屋が同じマンションの隣室だったわたし達はしょっちゅう食事を共にする。恋人同士、なのだし、何の不都合も不自然さもない。はずだ。
トシキはじっとわたしを観察するような視線を向けていたが、やがて正面に向き直りいつものように静かに口を開いた。

「最近、お前とはファイトしていないな」
「ん? …あぁ、そうだね」
「もののついでだ。俺の部屋で食っていけ」
「…素直じゃない」
「…お前に言われたくはない」

淡々とした調子でのやり取り。心が落ち着く。そして恐らく夕飯がトシキの料理になるのだろうと考えると、楽しみになった。
トシキの料理は好きだ。料理に並々ならぬこだわりを持つ彼の料理は、味もさる事ながら見た目にも華やかで美しい。その全てが所謂モノトーンにしか見えないのが、わたしの残念に思うところだ―――とは、言った事がない。言える訳がない。
微かに波立った心を静めるために、多少わざとらしくはあったが、冗談っぽい声でトシキを見上げる。

「トシキよりは素直に話してるつもりだけど」
「………」

トシキが立ち止まる。手を繋いでいるからわたしも必然的に足を止める。「真っ白い」肌の中にばちりと印象的な「暗灰色」の目が咎めるようにわたしを見据え、すい、と細められた。

「ナナシ」
「うぇ、い」

急に低められた声で名前を呼ばれるものだからおかしな声が出た。トシキは時たま、こういう少し掴みどころのない事をしでかすから、油断ならない。
じぃっとわたしの目を見ているトシキの「暗灰色」の目から視線を逸らさないように、する。以前視線を逸らして軽い不興を買ってしまった事があるから、それ以来彼がこういう目をした時はできるだけ目を逸らさないように、している。

「…あまり俺を侮るな」
「へ? …あ、ちょっ」

じっとりと穴が空くほどわたしを見つめた末に彼がぽつりと言ったのは、脈絡に欠ける言葉だった。そのまま歩き出され、軽くつんのめりながら慌ててついていく。
トシキを侮った事は一度もない。はず、だ。成績優秀、頭抜けたファイトの実力、料理上手、容姿端麗、冷静沈着。多少、というか絶望的に人付き合いに向いていない性格だが、本当はとても心優しい。侮れる要素は多分、ない。
それでもトシキがああ言ったという事は、つまり、彼はわたしについて何か知っているわけで、恐らくそれはわたしが秘密にしている事で―――あぁ、そういう事か。

「…侮ったつもりはないんだけど」
「…ふん」

わたしの予想通りなら彼は、わたしが口を閉ざし続けていた事についてとっくに予測を立てている。わたしは秘密にしていたその事で変に気を遣われるのが嫌で口を閉ざしていたが、それはどうやら杞憂だったようだ。
帰って、荷物を片付けて、トシキの部屋にお邪魔して、ご飯を食べて、ファイトをして。そうしたら、その事について話してみよう。
打ち明けた時の彼の反応を「イメージ」しながら、わたしはトシキと共に家路を歩いた。





(色盲…赤緑色覚異常、というのが正しいようですが、とにかくこれは本来女性より男性に多く見られるようです。遺伝子の関係なんだとか。)
(赤緑色覚異常では色彩が全く感じられないという現象も稀有なようです。色の区別がちょっとつきにくくなる、程度だそうで。)



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